熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

フィラデルフィア管弦楽団が11条破産保護を申請

2011年04月18日 | クラシック音楽・オペラ
   フィラデルフィア管弦楽団が、16日、米連邦破産法11条の適用を裁判所に申請したと言う記事が、インターネットの見出しに出たので、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストの電子版を開いて読んだら、やはり、真実で、詳しい経緯や事情が分かってきた。
   あのリーマン・ショック前に、破廉恥極まりない悪徳ウォール・ストリート・マンや金融機関が操っていたマネーに比べれば、ほんの誤差範囲にしか過ぎない微々たる資金難のために、人類が営々と築き上げてきた文化の偉大な牙城の一つとも言うべき世界屈指のオーケストラが、破産の危機に直面せざるを得ないと言う、暗澹たる悲劇を感じて、言葉を失ってしまった。
   あのストコフスキーがフィラデルフィア管弦楽団を指揮してディズニーが制作した音楽アニメ「ファンタジー」は、世界中の子供たちばかりではなく、多くの大人達にも大変な感動を与えたのである。

   私には、このフィラデルフィア管弦楽団には、特別な思い入れがあって、今でも、涙が零れるほど懐かしい。
   ペンシルヴァニア大学のウォートン・スクール大学院に入学を許可されて、フィラデルフィアに移り住み、どうにか新学期の準備が完了して、真っ先に出かけて行ったのが、ダウンタウンにあるアカデミー・オブ・ミュージックであった。
   フィラデルフィア管弦楽団のシーズン・メンバー・チケットを買うためで、幸いにも、直前にキャンセルがあったと言うことで、友人と二枚、1階前列中央の席を確保できた。
   1972年のシーズンから2年間この席で、フィラデルフィア管弦楽団の定期公演を楽しみ、ロビンフッドデルの夏季野外コンサートを始め、他にもフィラデルフィア管弦楽団の演奏を聴く機会もあったし、それに、世界中の名だたるオーケストラやオペラ、音楽家などの演奏を、このスカラ座を模したと言う美しくてシックな劇場で楽しむことが出来た。
   マリア・カラスやフィッシャー・ディスカウ、それに、就任早々の小澤征爾のボストン響を聴いたのも、この劇場であった。

   時には、終演後、楽屋に出かけて、ユージン・オーマンディや色々な音楽家に会って話を聴いたり、レコードにサインを貰ったりしたこともあった。
   丁度、オーマンディが、初めて中国に渡ってフィラデルフィア管弦楽団の公演を行って、その時、演奏した中国のピアノ協奏曲「黄河」を演奏したことがあったが、この時も、コンサートの後で楽屋に行って、中国の話などを聴き、ピアニストのダニエル・エプスティンと日本人の奥さんと一緒に写真を撮らせてくれた。
   残念ながら、その写真は、どこへ行ったのか分からなくなってしまったが、実に愛想の良い、好々爺のユージン・オーマンディの優しい顔を思い出すと、無性に、フィラデルフィアの生活が懐かしくなる。
   後年、ずっと経ってから、ベルリンの壁崩壊前にオーマンディの故郷ブダペストを訪問して、ドナウ川の滔々とした流れを眺めながら、オーマンディの数々の演奏を思い出して感激であった。

   その後、何回か、フィラデルフィアの演奏会を聴いたような気がするが、4~5年前に、折角、フィラデルフィアに行きながら、都合がつかず、エッシェンバッハ指揮のコンサートをミスってしまった。 
   その時は、新しい本拠地であるキンメル・ホールに移っていたのだが、懐かしいアカデミー・オブ・ミュージックのホールのロビーに入って、若かりし頃の思い出を反芻していた。

   破産法第11条による再建と言うことで、フィラ管は、資産を保護し、その間に将来計画の構築に専念する訳であるから、演奏会の開催など顧客に対する取り組みをそのまま継続し、保護することが中断されることのないように法廷に破産保護の申請を出したと言うのである。
   オーケストラの理事会は、生き抜くためには、11条の破産保護の申請は必須であり、決定が下されるまでは、必死になって寄付や支援を求める機会が取れて、破産保護下で事業を継続しながら再建を図る計画だから良いのではないかと言うのであるが、オーケストラの団員たちは、大反対で、リーフレットを観衆に配布して、取り下げを訴えていた。
   The leaflets said such a filing would make it hard to attract “the best new players” and hurt the orchestra’s ability to raise money. すなわち、破産保護など不必要であり、提出すれば、オーケストラの質に対する最大のダメッジになるばかりではなく、優秀な新団員を集められないし、寄付や献金さえ集まらなくなると言うのである。

   アメリカのどこのオーケストラやオペラ劇団も同様に、経済的危機に直面しているようだが、フィラデルフィア管弦楽団の場合には、何年もまえから深刻な経営問題を抱えていたようで、切符の売れ行きが異常に悪かったことも破産の一因だったと言う。
   私の居た頃には、アカデミー・オブ・ミュージックのキャパシティが小さいと言うこともあろうが、メンバー・チケットは、祖父母から子供、そして、孫へと引き継がれるので、途中での取得は至難の業であったので、切符が売れないなどとは信じられないのだが、このシーズン・メンバー・チケット取得困難は、アムステルダムのロイヤル・コンセルトヘヴォ―の場合でも同じであった。時代が変わったのであろうか。
   音楽監督も、エッシェンバッハが去ってからは、シャルル・デュトワに断られて空席で、総裁兼CEOにも人を得ていない。
   家主のキンベル・センターの高い家賃や旧本拠地アカデミー・オブ・ミュージックでの公演の益金の流用などにも問題があり、長い間頓挫している団員たちとの契約なども含めて、根本的な経営見直しが必要だとも言う。

   しかし、誇り高きフィラデルフィア人の命とも言うべきフィラデルフィア管弦楽団が、現実には、たったの二か月分の支払で資金がショートしてしまう。今シーズンは、公演などの収入が14.1百万ドルで献金・寄付金・ガラ収入が18.9百万ドルで、合計33百万ドル(28億円)の収入しかなく、必要資金は46百万ドル(39億円)であり、たとえ、緊急資金援助を追加したとしても、収支のギャップは大き過ぎて、どんなに足掻いても5百万ドル(4億2500万円)足が出るとマネッジメントは主張しているようである。

   わが母校ウォートン・スクールは、世界でトップ・クラスの最古の名門ビジネス・スクールで、フィラデルフィア管弦楽団と目と鼻の先にある。
   フィラデルフィア管弦楽団の素晴らしさと芸術の質の高さは、夙に有名で、長い歴史と伝統に培われて正に屈指の世界的オーケストラであることには疑いの余地がない。
   しからば、問題は、オーケストラのマネッジメントにあるとするのなら、どうして、ウォートン・スクールに駆け込まないのか。
   まあ、これは、冗談としても、とにかく、たったの4億円何がしかの資金ショートで、芸術の精華とも言うべき名門オーケストラが、窮地に追い込まれざるを得ないと言うアメリカ社会の悲劇を垣間見たようで、また、今日も、人類にとって文化とは何か、文明とは何かと考え込まされてしまった。
   今日も又、強い余震があった。自然でさえ、人間を激しく叱っている。

(追記)この口絵写真は、11条破産保護申請反対のリーフレットを配布した後のキンベル・センターの会場。ニューヨーク・タイムズ記事から借用。





コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする