熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

都響プロムナードコンサート(2016.7.18)

2016年07月19日 | クラシック音楽・オペラ
   今回のプロムナードコンサートは、指揮/ミゲル・ハース=ベドヤ 、サクソフォン/須川展也 で、次のプログラムであった。

   ヒナステラ:バレエ組曲《エスタンシア》 op.8a
   ファジル・サイ :アルトサクソフォンと管弦楽のための《バラード》op.67(2016)(世界初演)
   ピアソラ:タンガーゾ(ブエノスアイレス変奏曲)(1969)
   ラヴェル:ラ・ヴァルス

   最後のラ・ヴァルスは、コンサートで何度か聴く機会があったのだが、他は、初めてである。
   各々、15分弱の短い曲ばかりで、正味の演奏時間があわせても1時間弱で、極めてシンプルなコンサートながら、サントリーホールは、満席であった。

   指揮者が、ペルー生まれなので、ラテン色の強い曲目の選定なのか、私は、ピアソラのタンゴ色などエキゾチックな雰囲気を期待して出かけたのだが、それ程でもなかった。
   ヒスナテラもピアソラもアルゼンチンの作曲者なので、何となく広大なパンパの香りらしき雰囲気があるのだが、やはり、西洋音楽と言うかクラシック音楽である。

   私は、サンパウロに駐在していた時に、何度かアルゼンチンに行っており、もう、何十年も前になるが、真っ先に、タンゴの生まれ出たボカの港の近くのサンテルモ地区にあるタンゲリア(タンゴ生演奏の店)エル・ビエホ・アルマセン(El Viejo Almacén)に行って、タンゴを観て聴いた。
   船底の様な荒れた佇まいの薄暗い店の片隅で、バンドネオンの咽び泣くような哀調帯びたサウンドに乗って、男女のダンサーが、激しくステップを踏んで踊り続ける。
   この写真は、何故か、一枚だけ残っている当時のスナップで、ニコンF2にF1.4のレンズをつけて開放にしてシャッターを切って、2倍に増感現像したものである。
   

   これも、随分前のこと、ニューオルリンズを訪れた時に、古民家をそのまま使った小さなプリザベーション・ホールで、老嬢スイート・エンマ楽団のジャズ演奏を聴いた。
   貧しい小さな部屋で、客席は、ほんの数人座れるだけの床机があるだけで、土間に座ったり後ろに立ったり犇めき合っていて、
   小編成の楽師達は殆ど黒人の老人達で、エンマのピアノに合わせて懐かしいデキシーランド・ジャズを奏でていて、実に感動的な演奏で、こんな所でジャズが生まれて育っていったのかと、感に堪えなかった。 のを思い出す。

   フラメンコ、ファド、、サンバ・ボサノバ、マリアッチ等々、ヨーロッパで聴いた音楽やラパスのナイトクラブで聴いたエル・コンドル・パッサもそうだが、その地方の民族音楽などを、異国で聴くと、旅情も加わって、胸に染みて、感動が増幅されて、強烈に印象に残る。

   昔は、ウィーンだベルリンだと言って目の色を変えてコンサートに通っていたが、最近は、トップクラスのオペラ公演は行くけれど、オーケストラなどのクラシックは、この都響のプロムナードコンサートや興味を持った単発のコンサートくらいで殆ど縁遠くなったのだが、それだけに、昔の色々な思い出を、懐かしく反芻しながら楽しむことが多くなった。

   ファジル・サイ :アルトサクソフォンと管弦楽のための《バラード》は、サクソフォン奏者須川展也が、サイに委嘱した作品で世界初演。
   ジャズ演奏で聴くことがあるのだが、本格的にサクソフォンを聴くのは初めてで、多彩なサウンドを奏でる素晴らしい楽器であることが分かった。
   サイは、トルコのピアニストで、トルコの施法体系の音楽などからインスピレーションを得たと言うことだが、サキソフォンとドラムが奏でたリズミカルなサウンドなどは、イェニチェリの行進を思わせて面白かった。
   須川展也の演奏は感動的で、舞台に登場した作曲者のサイと喜びをともにしていた。
   須川展也は、アンコールで、サイ作曲の「組曲op.52 第1楽章」をソロ演奏した。

   ミゲル・ハース=ベドヤは、最後に、大分、時間が余ったので、定期公演としては珍しく、アンコールで、ジョン・ウィリアムズの「オリンピック ファンファーレとテーマ」を演奏した。
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