熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

Brexitの不思議:日産英国工場の住人は離脱派

2016年07月07日 | 政治・経済・社会
   今日の日経朝刊に、”英EU離脱一票に込めた反政権 日産の城下町、残留反対の風
「労働者をないがしろ」 内政問題に矮小化 ”と言う記事が掲載されていた。

   英国が欧州連合(EU)からの離脱を決めた国民投票で、離脱票が多かったのは労働者階級が住民の多数を占めるイングランド北部地方。日産自動車が工場を構える人口約27万人のサンダーランド市もそのひとつだが、日産車の主要な輸出先であるEUは市の雇用の創出元ともいえるが、61%と圧倒的多数が離脱を支持した。
   86年に、深刻な英国病から脱皮するために、サッチャーが懇願して国主導で日産を誘致し雇用を維持し、取引先も含めた日産の雇用は北西地域全体で約3万5000人。造船業などの不況で瀕死状態であった失業率が高い同市には必須の工場であった。
   ところが、その住人たちが、自分たちの雇用主の日産を窮地に追い込む挙に出たと言うのだから摩訶不思議である。

   今後の市の経済状況は日産がこれまで通りの操業を続けるかに左右される。同工場では年間製造する約50万台のうち8割を輸出し、その多くが欧州向けで、離脱したら、ドーバー海峡を越え、大陸欧州に車を輸出するのに10%の関税がかかる。カルロス・ゴーン社長は投票前から「離脱すれば今後の工場投資を見直す必要がある」と発言していたので、大ナタを振るうことになるかも知れない。

   自分たちの首を絞めることが分かっていなかったとしか言いようがないのだが、
   地元の記者は、「体制に反発する道具として国民投票が使われた」と分析する。金融危機後の10年に与党保守党が決めた緊縮財政では市の予算が大幅に削られ福祉や子ども手当など公共サービスの質が低下した。福祉に頼りがちな高齢者や低賃金にあえぐ高卒労働者を中心に、不満のはけ口をキャメロン首相が嫌うEU離脱に求めた。
   国全体の経済問題であるはずのEU離脱が反ロンドンという内政問題に矮小化されたと嘆く残留派は多い。「離脱派は間違った情報に踊らされた。EUとは何かをも理解せず、サンダーランドにほとんどいないはずの移民が仕事を奪うとの幻想を抱いた。労働者の不安に離脱をうたう政治家がつけこんだ」。と解説する。

   また、中山淳史 編集委員が、”トヨタや日産が英国民投票で見た現実 ”と言う記事で、同様の問題を論じている。

   次は、Brexit反対、すなわち、EU残留派の投票率だが、1、日産のあるサンダーランド 38.7% 2、トヨタのあるダービー 42.8% 3、トヨタのあるフリントシャー 43.6% 4、スホンダのあるウィンドン 45.3%――。日本車大手の工場がある都市がみな、EUへの残留に「NO」を突きつけた。

   この10年間で40万人以上もの移民がEU域内から英国に流入した。引き金は2004年にEU加盟国が15カ国から25カ国に急激に増えたこと。ポーランドなど旧社会主義陣営の東欧諸国が加盟したことで、日本車大手の工場がある町にも、就労ビザを持たなくても英製造業で働ける労働力が大量に散らばっていった可能性がある。と言う。
   Brexit選挙後、英国ではポーランドなどの移民労働者への嫌がらせが起こっていたが、大半の問題は、今の中東や北アフリカからの難民ではなく、ポーランドなどの東ヨーロッパや旧ソ連のバルト3国と言った後発の東からの安い移民労働者の大量流入による雇用と生活圧迫への反発であろう。

   離脱交渉が動けば、サプライチェーンなど課題山積で、トヨタも日産も英国で組み立てた車のかなりの部分をEU諸国に輸出している一方、部品はフランスやドイツ、ベルギー、オランダ、イタリア、アイルランド、モナコ、スペイン、ポルトガル、ポーランド、ハンガリーなどから輸入しており、英国の自動車産業全体では部品の国外調達比率は6割にも達するという。
  離脱で交渉が動き出せば、EU、場合によってはそうした国々と個別に通商交渉をする必要があり、推定では50を超える国・地域との協定が必要となるが、その一方で、「交渉の専門家が英国には10人強しかいない」と言うのだから、目も当てられない。

   EUのメンバーとしてセットアップされていた政治経済社会システムが、一気に崩壊して、40年以上も前の独立国家英国に逆戻りしての再出発であるから、貿易一つの調整にしても、並大抵のことではない。
   こう考えてみれば、正常な国家体制に戻すために費やすべき、英国のEU離脱による精神的苦痛は勿論、実質的な手間暇コストは、膨大なものとなり、余程上手くリセットしないと、失うものは極めて大きいことが分かる。
   Brexitの急先鋒であった独立党のファラージュ党首が失脚し、率先してBrexitを吹き込んで煽りに煽った保守党のボリス・ジョンソンが敵前逃亡すると言う体たらくで、随所に、Brexit後遺症が出てきて、徐々に、英国民の生活を絞め始めたと言う。
   
   先のBrexitに関するブログで書いたのだが、結果次第では、如何に、国民投票が恐ろしいことかが分かる。
   時には、無責任なアジや扇動に煽られた国民が一気にポピュリズムの嵐に巻き込まれて崩壊して行き、民主主義の屋台骨まで危うくしてしまう。
   例えば、直前に、軍事的な有事が勃発して、何か危機的な状況になれば、憲法改正など一気に国民投票で決まってしまうであろう。
   ポピュリズムに煽られて、あのヒトラーのアジ演説に、われを忘れてドイツ国民が熱狂し、日本人が、国家を崩壊の瀬戸際にまで追い込んだ軍国主義に走ってから、まだ、一世紀も経過していないのである。

   私は、日産英国工場が建設を始めた頃に、会社がこの工事のサポートに建築技師を派遣していたので、欧州駐在の代表として、何度か現地を訪れている。
   イギリスの東岸、殆どスコットランドとの国境(UKでは国境と言う)に近いニューキャッスルに飛行機で入って、サンダーランドの日産の工場に行く。
   ニューキャッスルは、産業革命時に蒸気機関車を実用化したジョージ・スティーブンソンが生まれた土地で、産業革命以降、重工業や造船業で栄えた英国有数の重要な産業都市であったが、私が訪れていた頃には、あの産業革命を起こしたブラックカントリー同様に、見る影もないほどの廃れぶりであり、サッチャーが、如何に熱心に日産を口説き落としたかが良く分かった。

   隣市のサンダーランドも似たり寄ったりで、すぐ近くにワシントン大統領の故郷であるワシントンがある。
   強烈に覚えているのは、階級社会の名残であろう、まだ、古いパブが残っていて、店が、上流階級のパブと、労働者階級のパブとで完全に真っ二つに区切られていて、内装など店の質や佇まいが完全に違っていたことである。
   良し悪しは別として、イギリスと言う国は、長い伝統と歴史を引っ張ってきた極めて奥の深い途轍もない国だと言うことである。
   私は、英国の永住権を持っていたので、今度の国民選挙を通じて、その明暗、虚と実を見たような感じで、感慨深いのである。
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