熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

バイデンのイノベーション戦略

2021年05月20日 | 政治・経済・社会
   今日の日経が、「米「中国対抗法案」審議入り 半導体に5.7兆円投資」という記事で、
   米議会で18日、先端技術の競争力向上を目指す「米国イノベーション・競争法案」の審議が始まった。半導体の生産や研究開発の補助金などに計520億ドル(約5兆7千億円)を投じる。半導体分野に巨額投資をする中国への対抗法案で、成立すれば米中がハイテク覇権を争う構図が鮮明になる。と報じている。
   先に、プロジェクト・シンジケートのジョセフ・ナイ教授の見解などを通して、米中競争とバイデンの科学技術イノベーション重視の政策について論じてきたので、もう少し考えてみたい。

   バイデン大統領は、今回の中国とのテクノロジー競争をアイゼンハワーが経験したスプートニク・ショックになぞらえて、危機意識を醸成して、ドラスティックな投資戦略を立ち上げたのである。
   アイゼンハワー政権のアメリカは、ソ連が人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功し、大陸間弾道ミサイル開発でも後れをとるなど、ソ連の脅威と「ミサイル・ギャップ」の劣勢を痛感し、これを覆すべく、宇宙開発競争を開始して、科学教育や研究に膨大な予算と労力を注ぎ込んで、軍事・科学・教育を大きく前進させ、アポロ計画を改変して1969年に月面着陸に成功するなど起死回生を成し遂げた。
   新世代の技術者を養成するために、国家防衛教育法など様々な教育計画を実施して、科学研究に対する支援を劇的に増したが、この時の政策提案は、ほとんどは国防総省が発議するなど政府主導であった。後に、アイゼンハワーが、軍産複合体の暴走の危険について警鐘を鳴らしたのは、皮肉と言えば皮肉だが、しかし、その後の、インターネットを筆頭にしてアメリカのイノベーションの多くは、軍事技術の開発から発していることを忘れるべきではない。
   今回のバイデン案は、半導体の生産や研究開発の補助金などと言った性格を帯びているので、民間の活力を期待しての、科学技術の振興策に重点をおくのであろう。軍産学複合体をドライブしてドラスティックに推進したアイゼンハワーやケネディなどの科学技術促進政策とニュアンスが違ってくるのは時の趨勢であろうが、NASAプロジェクトの民間移管などを見ても、イノベイティブナな民間の活動をインスパイアーしようとするのであろう。

   イアン・ブレマーが、「中国との「競争的共存」目指す米国」の中で、
   この米中競争を「競争的共存」と捉えて、政策を追求するのは容易ではないだろう。としながら、対外政策について、
   中国は国家統制型の経済で、政府は自国企業をより効果的に展開し、自国に直接利益となる形で資金を提供できる。それでも米国が戦略的に対外支援を打ち出し、重要国のプロジェクト投資で民間企業にインセンティブを与えれば、提供できることは多い。さらに、国際通貨基金(IMF)などの国際機関に対する影響力を生かして、中国よりも有利な条件で透明性の高い融資を提供するよう働きかけることも可能だ。その過程でこうした国際機関の機能を強化できるメリットもある。
   と述べているのは、この辺りの対応を見越しての提言であろう。

   アメリカは、既に、2017年1月に、米国イノベーション・競争力法American Innovation and Competitiveness Act を立ち上げて、
   科学による起業を奨励し、研究の機会を最大化し、研究者の管理業務負担を軽減し、納税者がファンディングする研究の監視・監督を強化する。同時に、STEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics )分野、民間セクターのイノベーション、および製造技術における多様化も促進する。としている。
   しかし、トランプが、科学技術や文教予算などをぶった切り、虎の子のIT人材や学者たちのビザ発給にストップをかけるなど、アメリカの基礎科学研究開発を軽視して抑制するなど科学技術の振興にブレーキをかけてしまった。中国を叩いても、自家発電を怠ってはダメだとさえ理解できない愚かさ。4年間の空白は致命的であった。

   さて、ここで、ウォルター アイザックソンの「イノベーターズ  天才、ハッカー、ギークがおりなすデジタル革命史 」で、スプートニク・ショック当時の興味深い逸話を紹介しているので、触れてみたい。
   アイゼンハワーは、科学者の文化や考え方、イデオロギーに囚われないところ、合理的なところが気に入っていて、就任演説でも、「自由を愛するとは、・・・科学者の才能に至るまで、自由に必要なあらゆる事柄を守ることに他ならない」と宣言し、ケネディ家は芸術家を集めたが、アイゼンハワーは科学者を集めてホワイトハウスで晩餐会を開いていたし、たくさんの科学者にアドバイザーをお願いしていた。
   スプートニクは、アイゼンハワーにとって自由の信念を具体化するチャンスとなった。キリアンMIT学長など科学者を顧問やアドバイザー陣に糾合し、また、ペンタゴンに高等研究計画局(ARPA)を設置して軍学協調体制を敷き、ここで、リックライダーが、対話型コンピュータで情報の流れをスムーズにする方法を研究する指揮・統制研究と、心理的な要因が軍の意思決定に与える影響を研究する情報処理技術局(IPTO)を率いて、インターネット開発に大いに貢献した。と言うのが、非常に興味深い。
   軍産学複合体は好きではないが、激烈なグローバル競争下においては、偉大なブレイクスルーには必要悪なのかも知れない。

   余談だが、学術会議の会員任命について、雌鶏歌えば家滅ぶの類いではなかろうが、為政者がしゃしゃり出て、説明責任も果たさずに任命を拒否しているのだが、これなど、トランプ並みの暴挙もいいところで、最低の所業であり、この一事を観ても、科学技術のみならず、落ち行く国家の将来が見え隠れしていて、実に悲しい。
   次元の違いはあろうが、科学技術、学問芸術などの分野では、異端ほど、異分子ほど、並外れた発想をする人間ほど、桁外れにスケールの大きい人物ほど・・・等々、常識の枠にはまらない人々ほど、貴重な人材であることは、ギリシャやルネサンス、新世界の発見、産業革命など人類の偉大な歴史の転換点で証明済みの筈である。
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