熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

エマニュエル・トッド:ウクライナ戦争の責任は、アメリカとNATO

2022年08月28日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   エマニュエル・トッド著「第三次世界大戦はもう始まっている」
   フランスの卓越した知識人という傑出した視点からの世界論の吐露であるから、トッドの本は、いつ読んでも面白くて啓発される。

   まず、冒頭から、ジョン・ミアシャイマーの論を引いて、「いま起きている戦争の責任は、プーチンやロシアではなく、アメリカとNATOにある」と論じる。
   ウクライナのNATO加盟、つまり、NATOがロシアの国境まで拡大することは、ロシアにとっては、生存に関わる「死活問題」であり、プーチンは、「ジョージアとウクライナのNATO入りは絶対に許さない」と警告を発し、「ロシアにとっては越えてはならないレッドライン」だと明確に示し繰り返し強調していたが、ロシアの侵攻前に、米英は、ウクライナに、高性能の武器を送り、軍事顧問団を派遣して、ウクライナを「武装化」して、「米英の衛星国」”事実上”NATOの加盟国に組み入れていた。
   ロシアが看過できなかったのは、この「武装化」が、クリミアとドンバス地方の奪還を目指すものであったことで、今回のロシアの侵攻の目的は、何よりも日増しに強くなるウクライナ軍を手遅れにならない前に破壊することであった。

   以上の論旨には同意しているのだが、興味深いのは、ミアシャイマー論に反対しているトッドの次の見解である。
   ミアシャイマーは、「ロシアはアメリカやNATOよりも決然たる態度でこの戦争に臨むので、いかなる犠牲を払ってでもロシアが勝利するだろう」と予測した。この問題は、ロシアにとって「死活問題」であっても、アメリカにとっては、「地理的に遠い問題」「優先度の低い問題」で、「死活問題」ではないからだ。と言う。
   トッドは、そうではなくて、もし、アメリカがロシアの勝利を阻止できなかったら、アメリカの威信が傷つき、アメリカ主導の国際秩序自体が揺るがされることとなり、アメリカにとっても「死活問題」だ。と言うのである。

   更に、ズビグネフ・ブレジンスキーの、「ウクライナなしにはロシアは帝国になれない、アメリカに対抗し得る帝国となるのを防ぐためには、ウクライナをロシアから切り離せば良い」と言う提言に従って、アメリカは、ウクライナを武装化して、「NATOの事実上の加盟国」として、本来、ローカルな問題に止まるはずのウクライナ問題を、「グローバル化=世界戦争化」してしまった。「我々はすでに第三次世界大戦に突入している」とトッドは言う。
   注目すべきは、ロシアが侵攻して来たときに、助けてくれると思っていた米英の顧問団は、ポーランドに逃げてしまい、ウクライナの人々は、大量の武器を手にしつつも、単独でロシアに立ち向かわなければならなくなった。米英は、ウクライナ人を”人間の盾”にしてロシアと戦っていると言うことで、今後、この”裏切り”に対して、ウクライナ人の反米感情が高まる可能性は否定できない。とトッドは言う。
   アメリカは、常に戦争をしてきた国だが、アフガニスタンにしろ、イラクにしろ、シリアにしろ、弱小国に対する戦争であったが、今度のウクライナ戦争は、大国ロシアが、事実上、アメリカを敵に回して、アメリカ主導の国際秩序に正面から刃向かうのであるから、大きな歴史的転換であり、アメリカにとっては大きな誤算であった。

   それに、この戦争は軍事面でも長期化する。と言う。
   何故なら、現下の戦況にはアメリカは許容できないからである。もし、この戦争が現時点で終結すれば、ロシアは、ヘルソン州からドンバスまでの広大な領土を既に奪取して、クリミア半島への水資源確保にも成功し、アゾフ海も「ロシアの湖」となり、アゾフ大隊を叩き潰して「非ナチ化」にも成功し、領土分割にロシアが勝利している。ロシアの奪った土地は、黒海沿岸、アゾフ海沿岸、東部と北部を加えると、ウクライナ領土の20%から25%に渡っており、しかも、産業はこれらの地方に集中しており、ウクライナの産業地域の30%から40%に達している。とトッドは述べて、ロシアはすでに実質的に勝利している。と言う。
   これはアメリカにとって許容できないことで、戦争はまだまだ続く。と言うのである。

   アメリカは、今のところ、自国が戦争に巻き込まれないように上手く逃げているつもりだが、これまでの代理戦争ではなく、プーチン相手に、すでに、実質的に、米ロ戦争が勃発しているのであるから、いつ、この第三次世界大戦が、世界的規模で暴発するか分からない。
   ウクライナは、ロシアが占領地を全部開放するまで戦い抜くと言っているが、そんな状態に至れば、ロシアにとっては、国家存亡の危機であり甘受して引き下がるはずがなく、核の使用も辞さないであろう。
   これからどう動くか、問題だが、このまま、膠着状態なり、パルチザンやゲリラ戦法など小規模ながら、延々と続くのか、
   トッドの見解を勘案すれば、引くも進むも、米ロにとっては死活問題であって、結果次第では地獄であるが、最も辛酸を嘗めるのはウクライナ、
   これまでの、アフガニスタンやシリア、アフリカの内戦国家のような状態で、戦闘が続くような感じだが、
   いずれにしろ、現状のままで、戦争がフリーズして停戦に至るとは思えない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする