いまだ思想戦は終わらず2:調教はたてに見ろ、とも申しますな。テレビのゲストコメンテータとかいう得体のしれない職業がございますが、彼らのえらそうなご講話も時系列で見なければいけません。とにかく、彼らや評論家、文化人のたぐいはすばしっこいのが多いです。カメレオンのようにたくみに色を変えて生きます。破廉恥そのものです。
思想は衣装である、とカーライルは申しておりますな。コスプレであるとも言えますな。だまされないように監視しなければいけません。NGOを作って監視、モニターをしてもらいたいものです。とにかく、風向きが変ったと見ると一斉に巧妙に針路を修正する。連中はつねに大波に乗って先頭で旗を振らないと気が済まないのです。彼らは風向きが変ればまた転向しますよ。かっての連中のように。
世の中を眺めますに、面舵を切っておりますな。それは誠に結構なことでございます。しかし、論客レベルではいろいろ滑稽な問題があるようで。昭和10年代もそうでありましたが、にわかに舵を切った論客が増えまして、これは転向とも付和雷同とも申します。昨日までしゃべっていたことには口を拭って知らん振りです。
とうぜん、評論家のインフレ現象が起きる。個人の質の著しい低下がおきる。ここ2,3年のわが国も同じような状態になりました。こんなヤツがと思うようなのが論文を書いている。わが国では必ずこういうドーナツ現象がおこります。国民的レベルでの練りがたりないのに評論家のインフレ現象が起こるのであります。思想と言うものは練りに練って、鉄を鍛えるようにたたきにたたいて鋭利な穂先のように鍛えるものであります。