東方のあけぼの

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精密機械を作るつもりが暴走ロボットに

2007-06-24 06:44:24 | 社会・経済

## 第二次東京裁判を提案する(2) ##

&3 精密機械を作るつもりが暴走ロボットに

維新政府は明治初年から軍事官僚育成の制度を作り上げてきた。例を陸軍にとる。維新80年を通して何回か変更を加えられたが、基本は陸軍幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学の流れである。

維新政治家の手足となる軍事精密機械が不可欠であり、欧州の、主としてプロイセン(ドイツ)の軍事官僚養成制度を参考としてきた。

さて、陸軍幼年学校は今で言うと中学二年生程度から高校低学年程度の年齢を対象としている。その上の陸軍士官学校は高校から大学教養課程程度、陸軍大学校は隊付の経験をした大尉以下の将校から試験で選抜する。もちろん幼年学校も士官学校も試験がある。

陸軍大学校を卒業したものが今で言う上級国家公務員である。軍官僚機構の要職を独占する。したがって野心のある将校は受験に失敗しても三回でも四回でも受験する。これに失敗すると終生部隊勤務で大佐どまり、連隊長どまりで退役する。

陸軍士官学校には二通りのコースがあり、一般の中学を卒業したものが受験することも出来る。もうひとつは陸軍幼年学校の卒業生である。のちに陸軍大学校を卒業しても幼年学校卒業生がキャリアでも優待された。つまり、こどものころから軍学校で純粋培養されてシャバの空気にふれたことのない連中が重用されるわけである。

皮肉なことに明治日本を指導してきた維新の元勲たちが次々と世を去っていく大正年代になって、軍の官僚機構が整備され、軍学校で純粋培養された連中が幅をきかすようになった。軍事バカ、軍事オタク、戦術バカの政治知らず、世界知らず、世間知らずの連中が暴走ロボットと化して維新の志士たちが苦心して作り上げた偉業をぶち壊したのである。

次回:官僚をリストラするときに情け容赦は無用、大正軍縮の反省