東方のあけぼの

政治、経済、外交、社会現象に付いての観察

西郷隆盛はデビュー前

2008-01-20 22:40:44 | 篤姫

「篤姫」はひどいものになりそうだ。今日はおゆら騒動の後の話になっていた。ほとんど触れないつもりらしい。筋からいってそうなのだろう。1849年のおゆら騒動の時は西郷22歳、まだ政治ごっこにデビューするまえだ。今日の放送でもわかるとおり。

しかし、彼の人生に与えた影響は甚大である。西郷の周辺の下級武士がおおく粛清された。ドラマでも大久保のことが出ていたが、そういういきさつでおゆらにつながる人物を忌み嫌うようになる。

ところでおゆらといっても、ドラマで説明してくれないからわからないだろう。おゆらはお油羅ともお油良ともかく。島津斉興の側室だが、江戸両国の船宿の娘とも大工の娘ともいう。南国太平記では大工の娘になっている。

斉彬は斉興を隠居させて藩主になりたいので、幕府老中の安部正弘と組んで自藩の密貿易を幕府に密告して隠居に追い込もうと陰湿な工作をした。ところが財政担当の調所笑左衛門が責任を自分どまりにして藩主に累を及ぼさないように自殺する。これはドラマでは前回だったかな。調所が築いた体制はびくともしない。斉興も隠居しない。

てづまりになった斉彬派はあせっておゆらと久光を暗殺しようとする。その計画がもれたのがおゆら騒動である。斉興の怒りははげしく弾圧は過酷を極めた。あらたな罪状が見つかったというので、切腹させたものの腐屍を墓から掘り出してのこぎり引きの追刑にしたりしたのである。

これが江戸幕府の耳に入り(もちろん斉彬派がご注進におよんだのであるが)、度が過ぎるというので斉興は隠居を命じられ斉彬が襲封したのである。つまり、挑発作戦が成功したのであった。

さて、おゆらの血筋であるが、のちに斉彬が急逝すると(1851年)、おゆらの子久光の子である忠義が後をt継ぐ。久光は国父として幕末から明治維新後まで薩摩ににらみを利かす。

忠義の7女がクニノ宮家に嫁ぐ。その娘が良子姫である。後に昭和天皇の皇后となる。つまり平成天皇はおゆらの玄孫にあたられる。直木三十五は昭和5年から6年にかけて「南国太平記」を新聞に連載する。そのおゆらの方を直木三十五は「毒婦おゆら」として描く。

直木の種本は西郷一派が幕末に作った政治パンフレットである。

満州事変はこの連載が終わるころに起こったが、田舎の百姓出の職業軍人たちが天皇の権威を無視して軍隊を動かすようになるわけだ。この天皇無視、あるいは天皇の権威を自分たちの都合の良い「お題目」に使うという習性は226事件でも同じだ。

おゆらには兄がいた。直木の南国太平記ではぐうたらな町のあんちゃんとして描いているが、その行く末もちょっと紹介しよう。薩摩藩のある家老の娘と結婚してあらたに一家を構えることを許される。Y家という。くわしくは信頼できる郷土史家に確認されたい。


西郷隆盛は小松帯刀に毒を盛ったか

2008-01-20 09:32:56 | 篤姫

NHKの「大河ドラマ」篤姫の数少ない良いところは小松帯刀を登場させたことだ。明治維新のアルカイダによって歴史から抹殺された重要人物にひかりを当てたことは評価されていい。

少し遅れて大学入試センター試験問題を出す。今回はまず問題だけ、回答はイエス、ノーではない。現実の歴史問題はそんなイエス、ノー解答で間に合うものはまずない。命題を出すから正解率(もっともらしさというかな)、あるいは確率というか、で答えてほしい。たとえば80パーセントというように。

1・おゆら毒殺を西郷隆盛は計画したか

2・島津斉彬はおゆら一派に毒殺されたのか

3・小松帯刀は西郷に毒を盛られたのか

4・坂本竜馬は西郷に殺されたのか

時系列でいうと、1と2は大河ドラマの一月、二月の放映分にあたろう。3と4は11月か12月かな。


アメリカの時代はおわ(り)

2008-01-19 09:28:22 | 社会・経済

サプライムの続きだが、これでアメリカはおわ(り)だろうね。慎重性の原則から終わりと断定はせんがね。

エンロン事件というのがあった。もう10年ぐらい前になるのかしら。粉飾決算事件だが、アメリカの代表的な公認会計士事務所がグルだった事件だ。

アメリカの公認会計士制度といえばアメリカの、ひいては世界の資本主義の健全性を担保するものとされてきたわけで、オイラはこれでアメリカはお(わり)かなと予感した。事態はその後さらに悪化している。

ここまで芯が腐った国家というのは珍しい。精神的に国家全体が痴呆化したのか。あるいは倫理的に国家基盤が腐敗したかのいずれかであろう。これでヒラリーが出てくれば総仕上げということになる。


サプライムローンはねずみ講やな

2008-01-19 08:55:14 | 社会・経済

新聞にサプライムなんて出るが、サブプライム・・のことなんだろうね。サプライムというのが正式新聞用語かな。

これは日本で昔からあるねずみ講というのと同じだね。ありえないことを前提にしている。ねずみ講というのは無限に新規顧客が増えるということを前提にすればきわめてうまくいくシステムだ。

サプライムローン(住宅)は住宅価格が永久に値上がりを続けるならばeverybody happyというシステムだ。1990年代の日本の住宅バブルとまったく同じだが、悪性腫瘍性では比較にならないほど悪質といえよう。

金融工学という得体の知れない言葉がある。愚衆を幻惑するにはもってこいの言葉だろう。面白くなってきやがった。

システムでもなんでもない。システムというのは閉じた円環でなければならない。そうじゃなきゃ計算できないベ。解が定まるはずがない。金融工学なんてのは、ウロボロスの尾が最初からぶっ千切れている。

興味があるのは誰がババをつかんだかではない。ほとんど全員がババをつかまされたのである。えらそうなことをいう欧米の金融機関がシロウトみたいにババを引いて呆然としている。興味があるのは誰がババを見事に世界に押し付けたかである。かならずそういうヤツがいる。いなければ帳尻が合わないだろうが。オイラじゃないよ。いっとくけど。


ステロイドだけじゃないぞ

2008-01-18 20:07:46 | 社会・経済

今日の日刊ゲンダイによると大相撲でもドーピング検査をはじめるらしい。2月からするというのだが、今場所から行うべきだね。この間も書いたが毎日取り組みの終わった力士は順次尿検査を義務づけるべきだ。

とくに横綱、大関からはじめるべきだろう。オリンピックでも国際競技でも、競馬でもまずドーピング検査の対象になるのは優勝者と上位入賞者だからね。それから順次十両以上の力士に実施すべきだ。

2月にするとして、検出できるのか。ドラッグの技術、新製品の開発は日進月歩だからね。ピンポイントで効果を出して、すぐに検出できない物質に変化するとか、体外に排出されるような薬が主流だろう。取り組み直後に行わなければだめだ。

使っているとすれば、旧ソ連、東欧権の先端的なドラッグ医者の処方だろう。モンゴルは旧ソ連圏だからね。ソ連や東欧からステートアマがいなくなってあぶれたドラッグ医者たちがモンゴルを稼ぎ場としている可能性がある。

それからステロイドだけじゃないよ。朝青龍の立会いの集中力、スピードはすごいものがある。逆に立会いにもたつくと朝青龍は軽い。ステロイド系とともに、神経系のドラッグの可能性を検査すべきだ。すなわち、興奮剤や覚せい剤だ。

結果によっては記録剥奪を検討すべきだ。場内の優勝額は撤去すべきだし、恐れ多くも天皇賜杯に刻まれた名前もすべて削除すべきだ。懸賞金の返還も求めるべきだろう。


益満の死に方

2008-01-17 09:54:42 | 篤姫

今日「益満休之助」で検索したらウイキペディアが出てこない。削除したのかな。削除することもないのに。すこし言い過ぎたか。

今日はウイキペディアのポジティブなところをほめようと思ったのに肩透かしだ。だからこれから書くことは現在インターネット空間にはないかもしれないが、話は通じるように書くから心配しなくてもいい。

ウイキペディアの記事で面白いと思ったのは、休坊が江戸でテロ活動をしていて、幕府につかまっていたというのだね。この話は始めて聞いたが、本当とすると面白いので、以下本当という前提で話す。

江戸無血開城という「美談」がある。美談の例にもれず、胡散臭い作り話が伝えている可能性がたかい。西郷隆盛と幕府使節山岡鉄舟が静岡だかで会談したという話だ。会談の段取りをつけたということだったかな。たしか品川会談というのもあったようだ。

この山岡が西郷に会いにいったときに、幕府は捕らえられていた休坊をつけたというのだ。官軍の勢力圏にはいれば益満は今度は山岡の護衛役になる。これは「はったり師」勝海舟の芸だね。

これは西郷と勝の腹話術だが、9.11テロの中心人物をビンラディンに送り返すようなものだ。普通は「タマ」として離さないものだが、勝はあえて返した。これは「なんでも知ってるよ」という究極のおどしでもある。あるいは益満と同じくらい重要なテロリストを幕府は押さえていたのかもしれない。

もし、無血開城を認めないなら、西郷のテロ活動を大々的に糾弾し(外国にも)、幕府も徹底的に交戦するという意思が隠されている。

実際、勝は町火消しの親方、新門辰五郎に命じて江戸中に放火する準備を進めていたと言われている。江戸を火の海にして江戸に入ってきた倒幕軍を地獄の中に叩き込むという含みだ。究極の自爆テロだね。体制側の。

新門辰五郎というのは火消しであり、とびであり、香具師であり要するに仕事師である。また侠客でもある。良性腫瘍ということばがあるから、良性ヤクザといってもいいだろう。ただし別格である。なにしろ娘は将軍のめかけだし、最後の将軍の警護を勤めたりしている。

勝は言外に益満の西郷による処刑を示唆していたのだろう。勝にとっても、西郷にとっても彼が後世まで生き残ってはせっかくの美談も台無しになる恐れがあるからだ。

休坊は維新後も生き残っていたらしい。翌年明治元年の5月、益満は上野の山に立てこもった彰義隊の掃討戦に狩り出される。実際に上野戦争の帰趨を決したのは現在の東大構内の高台から発射されたアームストロング砲による破壊的な砲撃であったらしいが、なぜかこの攻撃は戦争の最後になって実施された。

普通の戦闘ではまず砲撃によって敵を粉砕し、そのあとに歩兵が進んで敵を掃討するが、上野の場合は逆だった。総指揮を執ったのは西洋の戦術に精通した大村益次郎だ。このセオリーを知らないはずがないのだが。

まず今の御徒町あたり(黒門町)で凄惨な白兵戦が行われたが、ここには薩摩の兵力が当てられた。そしてほとんど戦死したらしい。戦死したと言われる益満はこの辺で死んだのだろう。そして、ほかの西郷の手先のテロリストたちもここを死場所に与えられたにちがいない。

なお、益満の戦死の詳細な公式記録は薩摩藩の記録にはない。薩摩藩は「久光公資料」というのがあって、鳥羽伏見以来の戦死戦傷者を細大漏らさず記録して残しているが、益満の名前はどこにもない。

小説、稗史のたぐいも存在しないようだ。


益満休之助の死亡記録

2008-01-16 07:57:03 | 篤姫

ウイキペディアによると、彼は明治元年(慶応4年)上野で彰義隊を掃討したときに戦死したそうだ。初めて聞いた。幕府不満分子の集まりである彰義隊こそゲリラである。そのゲリラ掃討戦にテロリストが参加したということ。

1841年から27年間斉彬の「お庭方」を勤めた益満の享年はウイキペディアによると28歳。つまり彼は1歳でスパイになったわけである。えらいものだ。

実をいうとオイラはほとんどウイキペディアですませておる。自分が記憶していることやすでに知っていることはいちいちウイキペディアを見ないが、知識に自身がないとき、知らないときではまずウイキペディアを見る。あればざっと読んで使えそうなら信用して、さらにダブルチェックやクロスチェックはしない。

そんなわけでいい加減といえばいい加減だ。おかしいところはどんどん反論してもらいたい。しかし、今回の益満の項は一読小学生でもわかる様な矛盾でこれを見過ごして引用するのはさすがにいけないだろう、と思うわけ。

次回は益満の死に方について考える。


益満休之助

2008-01-15 10:27:19 | 篤姫

君は益満の休ちゃんを知っているか。オイラは直木三十五の小説「南国太平記」で知っているのだが架空の人物だったと思っていた。西郷の手先になって江戸で放火、略奪、辻斬りをやった男だ。もちろん同様の人物は多数いたのだが、益ちゃんは小説上の名前だと思っていた。ま、オイラの認識とはその程度のものよ。

ウイキペディアによると、江戸でゲリラ戦を展開したとある。ゲリラ戦というのはあたっていない。テロリストというべきだろう。幕末に江戸でゲリラ戦を倒幕側が行ったという記録は無い。江戸幕府の治安維持能力に対する江戸庶民の信頼を失墜させることを目的としてテロ活動をした。ゲリラではない。ウイキペディア君に訂正を勧告する。

ここで基本的な方程式をおさえておこう。

+  その前にもうひとつ、ウイキペディアによると、益満は慶応四年まで斉彬のお庭方であったとある。斉彬はとうの昔に死んでいる。慶応四年は1868年、斉彬が死亡したのはその10年前の1858年、はやく訂正したほうがいい。また天保12年(1841年)から斉彬のお庭番だとあるが、斉彬が藩主になったのが1851年であり、めちゃくちゃだ。それとも世子のときからお庭番(スパイのこと、あるいは情報機関)を藩主のほかに持つのが薩摩藩の制度だったのかな。お庭方というのはあまり聞かないが幕府のお庭番(スパイ)をまねた制度が本当にあったのか。お家騒動が起こるわけだ。


アルカイダとしての西郷隆盛

2008-01-15 09:53:20 | 篤姫

とくれば下の句はアフガニスタン空爆としての徳川幕府による薩摩藩江戸藩邸の焼き討ちとなる。自分の先祖をアルカイダというのは気が引けるが、鳩山法務大臣ではないが、親戚の親戚がアルカイダ(テロリスト)というジョークだ。

NHK大河ドラマ「篤姫」ものをしばらく続ける予定。これは第一弾。


朝青龍ヤク切れ?

2008-01-15 08:24:57 | インポート

稀勢の里に朝青龍が負けた。立会いにすばしこくマワシを取れなければ勝てないということだ。今朝のワイドショーは大騒ぎだ。(朝)は風邪で38.3度の熱があったそうだ。病院で点滴を受けているとか。昨日も取り組み後,、病院に点滴を受けにいったそうだ。

どこの病院かということが問題。しっかりと取材してほしい。包茎医や「みのもんた」のやらせ健康番組に出ていた「平岩か平石」先生じゃないだろうな。点滴で食塩水のかわりに強力なドラッグを入れているんじゃないか、チェックするのがスポーツ誌の責務だ。相撲診療所で点滴を受けるならよかろう。

前にも書いたように、場所前にモンゴルにかえり、直前に来日して勝ちまくる(とくに前半)のがモンゴルでの調整(ドラッグ処方も含めて)の成果だとしたならば、今回はパターンがちがう。

もしそうだとすれば、それはすばらしい処方であった。旧ソ連圏のようにオリンピック・メダリスト級のスポーツマン相手のドラッグ処方に精通した医師でなければ出来ないことだろう。素人療法やなれない日本人の医師ではさじ加減が難しくて危険だろう。

競走馬にマムシの粉末をかましたり、飼い葉おけにお茶っ葉を混ぜるのとはちょっと違うだろうからね。

朝青龍のいつもの立会いの集中力というのは、想像を超えた精神エネルギーを必要とするだろうからね。カフェインやマムシでは喚起するのは無理だろう。朝青龍の必勝のパターンが崩れなければいいが。

まあ、満員の国技館で関係者は大満足だろう。