オーストラリアとのFTA(自由貿易協定)で日本の農業がいろいろと取りざたされている。たしかに、自由化されたり関税の大幅な引き下げが生じると国内の農業は相当な痛手をこうむることになる。とりわけ、畜産が盛んな北海道は1兆数千億円の被害になると、関係機関は試算している。そうなると、北海道農業に限らず地域としての存続も危ぶまれるような状況になる。
それでは、日本農業がコストダウンをして、海外と競合できるようになれば良い。消費者にそのほうが利益を還元できると、経済学者や財界から指摘を受ける。FTA交渉を単なる、経済交渉の一部分と捕らえるなら、そうした指摘も正しいと思われる。
現にこうした意見を取り込んで、政府は「認定農家」として政策の対象とのなる農家と、それ以外の農家に分別するようになった。認定農家になるかは、規模で判断されることになる。政府の言い分は、わが国の零細農家も、コストダウンをして海外との競争力を身につけるようになっていますということらしい。
しかし、これでは農業の本質から逸脱した、効率優先の企業的な農業ばかりになってしまう。ここで言われる効率とは、労働効率であり経済効率である。ここでは、農業の本質である土地の生産効率ではないばかりか、農産物の質は問われることがない。たくさんの面積を少数の人で管理生産すれば、労働効率は上がる。施設や機械などの生産手段を大きくして一度のたくさんのものに対応できるようになれば経済効率は上がる。
ところが、畜産を例にとると、より多くの牛を一度に少数の人が管理すると、牛に大きな負担がかかる。異常を見つけるのが遅いし、投資した資金の回収に躍起になってしまうため、牛はぼろぼろである。治療をするよりも、廃棄したほうが有利なのである。大規模の畜産農家の発病寸前の哀れな家畜から、健康食品が毎日のように市場に搬出される。
内閣府の調査によると、わが国の国民の八割は食料の自給率の低下に不安を抱いている。FTA交渉は、今の日本の農業がオーストラリアなどと同等になるように仕向けているようである。FTA交渉の本質は、農業の経済効率よくするのではなく、日本の食料自給率の向上であると思うのであるが、残念ながら現実はそのように動いてはいない。政府のうたい文句とは裏腹に、わが国の食料自給率は低下の一途をたどることになる。
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