かつて日本人は、安全と水をただ(無料)だと思っていると思っていると、皮肉られていた。それほどこの国は、安全でおいしい水が豊富であった。勾配の多きな河川は浄化能力があり、「水に流す」などいう言葉も生まれるほどの国であった。
ところが、山野を切り開き、人口を都会に集中させて田舎を疲弊させ、すでに水はきれいなままで供給されなくなった。田舎は別である。当地のようなところは、水道から直接水を飲むことができる。
水は、あらゆる食糧生産の源である。我が国は、海外から大量の食糧を輸入する政策を選択している。食糧を輸入することは、間接的に水をも輸入することになる。特に、家畜用の穀物を輸入するとなると、さらにそれを家畜に食べさすことになる。
こうした内容から試算すると、豚肉1キログラム生産するためには5.9トン、牛肉1キログラム 生産するためには水が20.7トン、もの水が必要になる。このうち輸入穀物をめぐって使用されている水が、ほぼ60%程度になる。結果的に、ビフテキを200グラム食べると、3トンほどの輸入された水をも消費することになる。
世界各国では、水不足や水の汚染が始まっていkる。21世紀に最初に不足するのは、エネルギーでもなく食料でもなく水であるとされている。国連は2025年には、世界の半分が水不足になると警告している。
地球に起きている異変は「温暖化」という、極めて単純な言葉で語れることが多いが、本質は 異常気象である。干ばつや水害などによって、食料生産が大きく損なわれる。異常気象は、氷河がなくなることよりも、食料を安定生産できなくなることの方が、人類にとって深刻な問題となる。
今世紀に当然起きる、人口問題、食糧問題、気象に限らず環境問題それらのすべては、農村を疲弊させる政策を選択してきた日本は、何一つとして有効な方策を提言できない状態である。地球の隅々から、大量の食糧を輸入しながらも、廃棄する量が異常に多いこの国は、政府ならずとも国民全般が異常とも思える。