坂多瑩子『教室のすみで豆電球が点滅している』(阿吽塾、2023年11月04日発行)
坂多瑩子『教室のすみで豆電球が点滅している』は、現代詩書下ろし一詩篇による詩集、懐紙シリーズ第十一集、という。未発表の(書き下ろしの)長い詩一篇で構成されている。
で、坂多は何を書いているか。
人と共有できないことばをただ
わりたくなる ガラスのように
ただ
投げつけたくなる
傷つくように
おびえて 大真面目にね
大馬鹿にね
4ページ目に登場する一連。最後の二行は嫌いだなあ。でも、この二行を書かないと、尾崎豊になってしまうのだろうか。尾崎豊、知っているわけじゃないんだけれどね。どこかで、いくつか聞いただけだけれどね。
私が気に入っているのは三行目「ただ」。
「ただ」は一行目にも出てきている。一行目の「ただ」はことばの勢いのなかに埋没している。無意識に出てきた「ただ」である。それを三行目では独立させている。「意識」しようとしている。意識するといっても、なんというのだろう、坂多自身が、これは一体何なんだろうと思いながら「ただ」のなかへ入っていく感じがする。
この「推進力」としての「ただ」は、何回も何回も、この長い詩に登場する。
たとえば、15ページ。
ここは帰り道
草ぼうぼうで
いつもの帰り道なのに
何かをすてる場所にたどり着きそうでわたし
さっかきから思いだそうとして
あの裏庭の
台所の
ちょっと傾いた棚の
いちばん上にあったもの
それが
ものすごく大事なものだったように思えてきて
えっ、どこにも「ただ」がない? よく読んで。ほら、最後の二行目の「行間」に隠れている。
それが
「ただ」
ものすごく大事なものだったように思えてきて
これは、
それが「ただ」
ものすごく大事なものだったように思えてきて
でもあり、(つまり、ほんとうに、それがのあとにくっついている)、そして、それは最初に引用した「人と共有できないことばをただ」と同じように、ほとんど無意識。無意識だから、実際は「書かれていない」。しかし、無為詩のなかに「書かれている」。そういう「ただ」が、この詩のどこにでも隠れている。どこにでも補って読むことができるし、補ったときに坂多により接近できる。あるいは坂多自身になれる。
まあ、坂多自身になりたくないひとは「ただ」を補わずに、そのまま読んでください。 23ページ。
すると
犬は
ゆっくりと
あくびをして
たち上がる
それから
グンとかギュンとかいって
薄闇の中にもどっていく
さて、どこに「ただ」を補う?
私は「グンとかギュンとかいって」と「薄闇の中にもどっていく」のあいだの「空白」に「ただ」を補い、ちょっと泣いてしまった。
坂多は、その犬を抱きしめ、家に連れて帰ることだってできたはずである。しかし、それができない。「ただ」薄闇の中にもどっていくのにまかせている。
このときの「ただ」は、とても大事なもの。誰も知らない、坂多の「たからもの」のような「ただ」である。知られたくない。絶対に隠しておきたい。でも、何かが動いた。その証拠として、坂多は「一行の空白」を詩に残している。
ほかにもいろいろ「ただ」を見つけることができる。見つけてみてください。見つけるために、この詩集を買ってください。
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