詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

坂多瑩子『教室のすみで豆電球が点滅している』

2023-12-09 21:33:42 | 詩集

坂多瑩子『教室のすみで豆電球が点滅している』(阿吽塾、2023年11月04日発行)

 坂多瑩子『教室のすみで豆電球が点滅している』は、現代詩書下ろし一詩篇による詩集、懐紙シリーズ第十一集、という。未発表の(書き下ろしの)長い詩一篇で構成されている。
 で、坂多は何を書いているか。

人と共有できないことばをただ
わりたくなる ガラスのように
ただ
投げつけたくなる
傷つくように
おびえて 大真面目にね
大馬鹿にね

 4ページ目に登場する一連。最後の二行は嫌いだなあ。でも、この二行を書かないと、尾崎豊になってしまうのだろうか。尾崎豊、知っているわけじゃないんだけれどね。どこかで、いくつか聞いただけだけれどね。
 私が気に入っているのは三行目「ただ」。
 「ただ」は一行目にも出てきている。一行目の「ただ」はことばの勢いのなかに埋没している。無意識に出てきた「ただ」である。それを三行目では独立させている。「意識」しようとしている。意識するといっても、なんというのだろう、坂多自身が、これは一体何なんだろうと思いながら「ただ」のなかへ入っていく感じがする。
 この「推進力」としての「ただ」は、何回も何回も、この長い詩に登場する。
 たとえば、15ページ。

ここは帰り道
草ぼうぼうで
いつもの帰り道なのに
何かをすてる場所にたどり着きそうでわたし
さっかきから思いだそうとして
あの裏庭の
台所の
ちょっと傾いた棚の
いちばん上にあったもの
それが
ものすごく大事なものだったように思えてきて

 えっ、どこにも「ただ」がない? よく読んで。ほら、最後の二行目の「行間」に隠れている。

それが
「ただ」
ものすごく大事なものだったように思えてきて

 これは、

それが「ただ」
ものすごく大事なものだったように思えてきて

でもあり、(つまり、ほんとうに、それがのあとにくっついている)、そして、それは最初に引用した「人と共有できないことばをただ」と同じように、ほとんど無意識。無意識だから、実際は「書かれていない」。しかし、無為詩のなかに「書かれている」。そういう「ただ」が、この詩のどこにでも隠れている。どこにでも補って読むことができるし、補ったときに坂多により接近できる。あるいは坂多自身になれる。
 まあ、坂多自身になりたくないひとは「ただ」を補わずに、そのまま読んでください。 23ページ。

すると
犬は
ゆっくりと
あくびをして
たち上がる
それから
グンとかギュンとかいって

薄闇の中にもどっていく

 さて、どこに「ただ」を補う?
 私は「グンとかギュンとかいって」と「薄闇の中にもどっていく」のあいだの「空白」に「ただ」を補い、ちょっと泣いてしまった。
 坂多は、その犬を抱きしめ、家に連れて帰ることだってできたはずである。しかし、それができない。「ただ」薄闇の中にもどっていくのにまかせている。
 このときの「ただ」は、とても大事なもの。誰も知らない、坂多の「たからもの」のような「ただ」である。知られたくない。絶対に隠しておきたい。でも、何かが動いた。その証拠として、坂多は「一行の空白」を詩に残している。
 ほかにもいろいろ「ただ」を見つけることができる。見つけてみてください。見つけるために、この詩集を買ってください。

 

 

 


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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(59)

2023-12-09 18:32:47 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 「いつの日か、おそらく」。二人が会話している。しかし、ことばはかみ合わない。

せめてあなたは眼で見ないで、と私は言いたいの。

 「あなたは眼で見ないで」の前に「せめて」ということばがある。このことばのつかい方はむずかしい。ふたりの会話そのもののように、なんだか、ほかのことばとかみ合わない。「せめて」あなただけは、なのか。「せめて」眼では、なのか。あるいは「せめて」見ないで、なのか。これは、区別しても仕方がないことなのだと思うが。
 なにかことばでは言いあらわせないものがあって、しかし、どうしても言わずにはいられないことがあって、その「何か」を指し示すようにして「せめて」が動いている。
 「眼で見ないで」という表現自体「理不尽」なのものだが、その理不尽に通じるような、屈折した思い、撞着した思いがこのことばを動かしていると思う。
 リッツオスの詩はドラマチックというか、ある映画の一シーン、ある断片のようなものが多いが、「断片」ゆえに連続した何かがわからないが、そこには矛盾した何か、主人公が生きてきた長い時間のなかで生じてきた、当人にしかわからない何かがあり、そのためにいつまでも印象に残る。この詩の「せめて」は、そうしたもののひとつである。ひとは「せめて」ということばをつかって自分の願いを言うしかないときがある。十分ではない、しかし「せめて」……。その「つらさ」のようなものが、強く印象に残る。

 

 


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