詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

高柳誠『フランチェスカのスカート』(22)

2021-08-05 10:22:37 | 高柳誠「フランチェスカのスカート」を読む

高柳誠『フランチェスカのスカート』(22)(書肆山田、2021年06月05日発行)

 「オルガン」。

                       オルガンは、ぼくの
  胸をどこまでもふくらませ、やがて星空と一体化させる。星空と胸
  との究極的一致。オルガンの一音一音は、予想もしなかった音を響
  かせ、それぞれが自分の意思をもつように自由にふるまう。それで
  いて、全体できちんと秩序だった統制が取れていて、いつのまにか
  そこに大きな建築が出現する。

 「オルガン」「オルガンの一音一音」を「ことば」と読み替えれば、それはそのまま高柳の書いている詩になる。ぼくの胸と星空(宇宙/世界)の一体化。究極的一致。そこではことばが自由にふるまい、大きな「建築(言語空間)」をつくる。
 だが、この「建築」は、内部と外部が一転する。

              豊かさは内側へ内側へと運動していき、
  ついにその豊かさをかかえきれなくなった星空が、一挙に爆発して
  無限大に拡散する

 無限大に拡散するものとしての、「言語空間」の爆発。それが「一挙に」ということが、高柳には必要なことなのだ。「爆発」というのはいつでも「一挙に」に起きる。ゆっくり、時間をかけて爆発するということは、ありえない。だから「一挙に」は論理的には不必要なことばであるけれど、「一挙に」がなければ、高柳は「爆発」ということばを書けないだろう。
 「一挙に」のなかには、内部の充実と爆発の拡散の「究極的一致」がある。

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« オリンピックは中止すべきだ... | トップ | オリンピックは中止すべきだ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

高柳誠「フランチェスカのスカート」を読む」カテゴリの最新記事