詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

砂東かさね「雨」、冨岡郁子「馬の骨」

2022-03-15 10:43:54 | 詩(雑誌・同人誌)

砂東かさね「雨」、冨岡郁子「馬の骨」(「乾河」93、2022年02月01日発行)

 砂東かさね「雨」は、夏の終わりの夜の雨の情景。

アスファルトが濡れて
ひかっている
すべてがおなじ色になって
あちらとこちらがなくなる

どこに立っていたって良い
それでもこの身体は
線を引くことをやめない

 「この身体は/線を引くことをやめない」ということばに、私は思わず傍線を引いた。しかし、それから何を書けばいいのか、どうことばが動いていくのか。それは、まだわからない。
 「線」は「あちら」と「こちら」の境目にあるが、この「あちら」と「こちら」を明確に区別することはなくなる。とくに「あちらとこちらがなくなる」のならば。しかし、「あちらとこちらがなくなる」ときでさえ、「あちら」「こちら」ということばが残っていて、それが「線を引く」。それは、意識、認識の問題か。砂東は「身体」と書いている。「線を引く」のは意識、認識という抽象的、概念的なものではなく、もっと直接的なものである。
 「線を引く」は、こう言いなおされる。

傘や屋根で
濡れないように守っている

 「線を引く」というのは、雨が降った場合は、「身体」が「濡れないように守る」という行為になって「こちら」と「あちら」を分ける。
 ここからさらに「身体」の動きにことばが重なることを期待したいのだが……。

わたしたちは
空から落ちてくる雨の色を
知らない

 あ、「線」が消えてしまった、と思う。

 冨岡郁子「馬の骨」。病院。消灯後の廊下。

丹前を羽織った男が一人
背を見せて歩いてゆく
一回なのに
映像でいうと
なんどもなんども
同じ筋を
同じ背で歩いてゆく

 「一回なのに/映像でいうと/なんどもなんども/同じ筋」ということばのなかに、砂東の書いていた「線」がある、と私は感じる。ことばにすると、ある行為が「屹立」して見えてくる。この「屹立」という感じは「一回」なのに「なんど」も見たもののように見えるということ。「一回」のなかに、「一回」ではない「普遍/永遠」が見える。「一回」(個別)を「永遠/普遍/真実」が突き破る、解放する、ということだろう。
 これを、さらに、冨岡は、こう言いなおす。

スリッパの音は聞こえないのに
そこだけが規則正しく
足元を上げ下げしているのが見える

 「聞こえない」。否定形がある。しかし、その「否定」をこえて、「肯定」が動く。「規則正しく/足元を上げ下げしている」。「規則正しく」が肯定というのではない。それは、補足。「足元を上げ下げしている」。この動き。冨岡の意識、認識とは別に、男の肉体が動いている。それは「否定」できない。人間には、否定できないものがある。
 この否定できない「絶対的他者」と向き合うことは、それまで意識しなかった「絶対的自己」の発見、つまり「自己拡張/自己変革」につながる。

このまま行けば
(果たして行けるのか)

 ああ、いいなあ。どうなるか、わからない。だからこそ、ことばなのだ。「結論」がわかっていたら、ことばを動かす必要はない。「1+1=2」というような「真理/真実/結論」の前では、ことばは必要がない。

今 駆けていって
男を追い越せば
どこの馬の骨とも知らぬ
と素知らぬ顔をされることになるのか
それとも     
息が感じられるほどに近づいて
その愛おしい暖かさに圧され
我を忘れることになるのか
どちらにしても
同じかと思う

 もしかすると、病院の廊下を徘徊している男に、昔の恋人の後ろ姿を思い出したのかもしれない。顔を確認したい。昔の恋人だったら、どうなるのか。人違いだったら、どうなるのか。
 こういう「メロドラマ」は、どうでもいい。
 「どちらにしても/同じかと思う」。たしかに同じだろう。砂東が書いているように「こちら」も「あちら」も同じだ。「1+1=2」のように、それは変わりようがない。
 「違い」、「区別」するのは、認識ではなく、運動である。
 変わるのは「駆けていく」が「駆けていかないか」という肉体の運動である。追いつき、顔を見てしまえば「線」は消える。行動を起こす前に、「線」はまるで「壁」のように前に立ちはだかる。
 だから。
 この詩は、

このまま行けば
(果たして行けるのか)
廊下の突き当たり
東の端はたしか外に通じていた
通り過ぎる男の頭の横
窓の外に
ほおずきのような太陽がかかっている
それは熟した朱(あけ)の中心に向かって渦を巻いている
黙している長椅子に
ほおずきが落ちた

 ここで終わった方がおもしろいと思う。この終わり方では、わけがわからない(結論がない)ように見えるけれど、「結論」は読者がかってにつくるもの。「1+1は、いくつ?」というのが詩なのだろうと思った。
「線を引く」のは「肉体を守る」ためではなく、「肉体を動かす」ためなのだと思う。「肉体を動かす」ための「線を引く」とき、その「線」は詩になる、と思った。

 


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