詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

細田傳造「毒虫毛虫」

2022-03-14 21:41:27 | 詩(雑誌・同人誌)

細田傳造「毒虫毛虫」(「雨期」78、2022年02月28日発行)

 細田傳造「毒虫毛虫」は、こうはじまる。


さみしさっていいな
ひとりっきりの旅っていいなあ

 「さみしさ」と「ひとりっきり」は同義語である。なぜ、「さみしさ」を「ひとりっきり」と言いなおしたか。「さみしさ」では、何か、違うのだ。
 どう違うか。

つれずれに宮澤賢治を開く
列車は花巻温泉あたりを疾走している
風の音を聞きそぼりうたたねをしていると
わたくしも賢治が好きです
澄みきった令女の声もする…
片目を開けて隣のひとにきっぱりと告げる
僕は黒田喜夫が好きです
ご返事はありませんでした

 「さみしさ」はときとして共有される。感情は共有される。それは「宮澤賢治が好き」の「好き」を共有するようなものである。細田は、この共有された何か、というものを嫌う。黒田喜夫が好きだとしても、その「好き」をだれかと共有したいと思わない。あくまで、細田と黒田喜夫の「関係」である。そこには細田と黒田という二人の人間がいるのだが、これを細田は「ひとりの関係」ととらえる。細田がかってに黒田を好きになっているだけ。黒田が好きだからといって、黒田を好きな細田を黒田から認識されることをもとめていない。
 ここで細田が黒田の名前をもちだすのは、ほんとうに黒田が好きだからか、それとも「毒虫(毛虫)」と関係しているのか、よくわからない。それはまた逆に言えば、細田は「毒虫」という詩が好きだから黒田が好きといっているだけのことであり、黒田の詩のすべてが好きかどうかはわからないということである。でも、これはあたりまえだね。いつでも、「一対一」の関係があるだけ。
 「ひとりっきり」というのは「一対一」の関係の出発点である。
 細田は、誰とでも「一対一」である。その「一対一」から、関係を広げていくことはしない。「友達の友達は、みな友達だ」という感覚は、細田からはいちばん遠い感覚だろうと思う。

あぶねんどあぶねんどあんちゃんあぶねんど
こんどこそ片腹にちゃんと年増の声がした
むしょうにおふくろと交合したくなって
赤羽で降りる
キャバレーパピヨンに屹立を挿入してみれば
ステージで菅原洋一が歌っている
あなたのかこなどしりーたくないの

 これが「事実」かどうかは、私は、興味がない。この菅原洋一というか、「あなたのかこなどしりーたくないの」は「ひとりっきり」に通じていることに、ちょっと「抒情」の深さを感じ、おもしろいと思う。
 「あなたの過去など知りたくない」とは「過去」に「あなた」が「誰」と関係していたか、その「つながり」のことである。誰でもだれかと関係している。つながりを持っている。そんなものは、「あなたと誰か」の「一対一」のなかで完結していればいい。私は、そういう他人の関係を自分の関係の中には持ち込みたくない。ただ「あなた」と「一対一」でいたい。
 これが、細田の「思想」のすべてである。
 しかし、細田は、詩をこう展開する。

きゅうに俺の過去など話したくなって
パピヨンを出ていく
「女性求ム」張り紙のしてある裏口に
ガラスの小瓶を置いてそっと立去りぬ
しばし別れの毒虫毛虫たちよ

 誰に話すのか。「一期一会」のひと、話すとしたら絶対に二度とあわないひとに話すしかないのだが、そういうことは不可能かもしれない。「一期一会」といっても、それは、いろんな出会いの中に形を変えてあらわれてしまうからねえ。
 だから、旅の初めに捕獲した(?)毒虫をいれた小瓶を置いて、細田は去っていく。

 なんて。
 こんな「意味」を書いてしまっては、細田の詩はつまらなくなるね。
 だから、細田の詩は、こわい。
 細田の詩を読んでいるのか、細田に私が読まれているのか。
 どんなことばも「共感」に向かって動いてしまう。「ひとりっきり」よりも「さみしさ」の方に向かって、感情という「意味」に向かって動いてしまう。

みんなみんな何処へゆく
あしたには揚羽蝶紋白蝶になって
飛んで飛んでいってちょーだい
花巻はほんとうはハナノマキでねえ
ほんどはアナノマギっていうんだど
きのう上野行の1番線のプラットフォームに
浮かんでいたもの言わぬ蜆の蝶の
フランシーヌに
もいちど会いたい

 「感情の意味」を書きたい衝動にかられるが、やめておこう。「花巻はほんとうはハナノマキでねえ/ほんどはアナノマギっていうんだど」という二行を読みながら、あ、細田はほんとうにいい耳をしているなあと感じた、とだけ書いておく。細田の詩が読みやすいのは、音がきちんとしているからだ。私は耳が悪いから、最後の三行からは、思わず、別の人間を思い浮かべたが、誰を思い浮かべたかを書くとつまらなくなるので、書くのはやめておく。
 なんでも中途半端にしておくのがいいかなあ、と近頃思う。
 とくに、詩は、中途半端に読んでおくと、突然、記憶の中から噴出してくるので、楽しい。

 


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