高橋睦郎『永遠まで』(16)(思潮社、2009年07月25日発行)
「ぼくはいつか」。北欧の詩人、ニルス・アスラク・ヴァルケアパー、通称アイルに捧げた詩。その書き出し。
トナカイの群れと狩猟の人々の描写だが「雪に国境がなく」がとても美しい。大地だけではなく、天にも国境がない。大地のことは国境と結びつけて想像するのはたやすいが、天のこととなると、私は思いもつかなかった。この天を、領土の上の「空」と考えれば、領空というものがあるから、そこに「国境」はあるのだが、私は「雪に国境がない」ということばを呼んだ瞬間、横にひろがる「空」ではなく、どこまでもどこまでも高みへのぼっていく天を思ったのだ。
私の、この読み方は、誤読かもしれない。高橋は「領空」の意味で「雪に国境がない」と書いたのかもしれないが、私には「天」が真っ先に浮かんだのだ。そして、その「天」で起きている「気象」、空気の運動、水分の運動、蒸気が上昇し、冷やされ雪になって降ってくるという運動--その運動こそ、「国境」(国家)を超越している。その運動は、繰り返される真実である。地と天を行き来するその真理の運動に国境はない。そして、その運動は、天地とか東西南北とかいう、人間の意識をも超越して、自由である。真理というのは(あるいは、事実と言い換えてもいいと思うのだが)、自由なものなのである。
そんな思いに、ぐい、と引っぱられるようにして詩を読み進むと、詩人・アイルの生涯が語られてゆく。アイルはトラックにはねとばされて宙を舞う。無事、回復し、高橋たちと連詩を読む。そして、突然、死んでしまう。昇天する。アイルは、地と天の間で、雪のように運動したのだ。軽やかに。
詩の、最後の部分。
「天」と「宇宙」が登場する。「雪に国境がなく」に、やはり「天」は隠れていたのだ。詩のことばは、たぶん、詩人の書きたいことを誘導するように動く。その誘導を信じて、そのことばについていくことができる人間が詩人なのかもしれない。
そのとき、詩人のことばは、アイルそのままに、雪となって天を舞う。(そら)と高橋はルビを降っているが、その(そら)は「領空」とは無縁の、どこまでもどこまでも高い(そら)である。そのはてしない(そら)をことばが舞うたびに、高橋はアイルを思い出すのだ。高橋は、アイルのことばを追いながら、アイルそのものに、つまり、天と地を結ぶ真実になるのだ。
とても美しい詩だ。
「ぼくはいつか」。北欧の詩人、ニルス・アスラク・ヴァルケアパー、通称アイルに捧げた詩。その書き出し。
ぼくはいつか みたことがある
はげしく吹きつける雪片(ひら)の中
せめぎあい ぶつかりあう枝角(づの)
吐き出され たちまち霧粒(つぶ)となる息と唾(つば)
大きく見ひらいた 血走った目 目 目
吹雪の森を抜け 凍てついた川を渡り
進む 進む けもの けもの けものの群
群に寄り添い 群を守る毛皮の人の群
雪に国境がなく けものに国境(くにざかい)がないように
毛皮の人の群にも 国が 国境がない
トナカイの群れと狩猟の人々の描写だが「雪に国境がなく」がとても美しい。大地だけではなく、天にも国境がない。大地のことは国境と結びつけて想像するのはたやすいが、天のこととなると、私は思いもつかなかった。この天を、領土の上の「空」と考えれば、領空というものがあるから、そこに「国境」はあるのだが、私は「雪に国境がない」ということばを呼んだ瞬間、横にひろがる「空」ではなく、どこまでもどこまでも高みへのぼっていく天を思ったのだ。
私の、この読み方は、誤読かもしれない。高橋は「領空」の意味で「雪に国境がない」と書いたのかもしれないが、私には「天」が真っ先に浮かんだのだ。そして、その「天」で起きている「気象」、空気の運動、水分の運動、蒸気が上昇し、冷やされ雪になって降ってくるという運動--その運動こそ、「国境」(国家)を超越している。その運動は、繰り返される真実である。地と天を行き来するその真理の運動に国境はない。そして、その運動は、天地とか東西南北とかいう、人間の意識をも超越して、自由である。真理というのは(あるいは、事実と言い換えてもいいと思うのだが)、自由なものなのである。
そんな思いに、ぐい、と引っぱられるようにして詩を読み進むと、詩人・アイルの生涯が語られてゆく。アイルはトラックにはねとばされて宙を舞う。無事、回復し、高橋たちと連詩を読む。そして、突然、死んでしまう。昇天する。アイルは、地と天の間で、雪のように運動したのだ。軽やかに。
詩の、最後の部分。
あれから四年 年ごとに透明になるきみの
気配の記憶に ことしまた はじめての雪
降りつづく雪の中で 国もなく 国境もなく
ぼくらが 習いおぼえなければならないのは
絶えず発つこと 発って無重力になること
無重力ですらない 透明な無の翼になること
無の翼でいっぱいの天(そら)に 宇宙になること
「天」と「宇宙」が登場する。「雪に国境がなく」に、やはり「天」は隠れていたのだ。詩のことばは、たぶん、詩人の書きたいことを誘導するように動く。その誘導を信じて、そのことばについていくことができる人間が詩人なのかもしれない。
そのとき、詩人のことばは、アイルそのままに、雪となって天を舞う。(そら)と高橋はルビを降っているが、その(そら)は「領空」とは無縁の、どこまでもどこまでも高い(そら)である。そのはてしない(そら)をことばが舞うたびに、高橋はアイルを思い出すのだ。高橋は、アイルのことばを追いながら、アイルそのものに、つまり、天と地を結ぶ真実になるのだ。
とても美しい詩だ。
宗心茶話―茶を生きる堀内 宗心,高橋 睦郎世界文化社このアイテムの詳細を見る |