青柳俊哉「ハキリアリ」ほか(朝日カルチャーセンター、2023年11月20日)
受講生の作品。
ハキリアリ 青柳俊哉
海馬の中へ
太陽を無数に通過させる
酵母の床に葉を散らしつづけて
キノコの列柱の先
日蝕のかげのような傘から
脂粉の霧が黒い胸郭にふりかかる
この広大な洞でわたしは暮らしてきた
湖の鯨が月の光にうねっている
原野を永遠に氷狼が横切っていく
わたしは星の眼でみる
女王からうまれつづけるわたしの
視床の中の霧と葉の深さを
いつもは作者に質問せず(作者の意図を無視して?)、どう読んだか、を中心に感想を語り合うのだが、今回は、詩のなかでわからない部分について質問し、そのあとで感想を語るという形で詩を読み進めた。
「ハキリアリとは?」「海馬とは?」「わたしは星の眼でみる、とは?」
ハキリアリは、蟻の種類。葉を切り刻み、酵母菌をまき、キノコを栽培している。一億年前から(人間が農耕する前から)、キノコ栽培をして生きている。海馬は記憶を司る大脳の部分。星の目で見るは、蟻の巨大な時間を象徴している。個々の蟻は、同じ生活をすることで、宇宙(星の世界)に通じる大きな時間の中に埋没している。
巨大な時間(一億年)を詩の中に閉じ込めることへの感嘆の声が漏れた。
鯨や氷狼もまた巨大な時間を象徴していることになる。それが、宇宙の現象(日蝕ということばも出てくる)だけではなく、海馬、視床という肉体器官と結びつけられ、さらにハキリアリの生き方とも対比される。霧、葉が呼応するように繰り返され、イメージが重なり、イメージが深くなっていく作品。
*
ペーター・カーメンチント 池田清子
--高い空に浮かぶ、
白い雲のように、
あなたは、白く、美しく、遥かです、
エリザベートよ!
ああ、わたしの郷愁
青い空と
白い雲と
風頭山
諏訪神社のおくんち、半どん
玄関に日の丸、おめかし
毎年かさ鉾の絵を描いた
一段目から飛び、二段目、三段目、四段目から飛び降り
五段目まで大丈夫
修学旅行で、小遣いをすっかり使い果たし
親はあきれていた
行った先々で、妹にお土産を買ったのだ
ふるさとは遠くにありて思ふもの
そして悲しくうたうもの
歩回り、猪鹿蝶
ああ 歌おう!
「ペーター・カーメンチントとは?」「風頭山は、どこにある山?」
ペーター・カーメンチントはヘルマン・ヘッセ「郷愁」の原題。風頭山は、長崎にある山。「ふるさとは……」は室生犀星の詩。
池田自身の「郷愁」が、ヘッセと犀星のことばの力を借りて動き出しているのだが、「諏訪神社のおくんち」からはじまる作者のことばのリズムが、ヘッセのことば(だれかの日本語訳)、犀星のことばのリズムとあわない。
三連目の「青い空と」からの三行は「風頭山」も抽象的で(受講生から、どこの山?という質問が出たのが象徴的。おくんちから長崎を連想しても、その山を具体的に思い浮かべることができる読者は少ないはずだ)、抽象的なヘッセのことばと響きあうが、後半は「具体的」すぎる。具体的なことばが悪いというのではないが、引用されている詩の世界が抽象的なので、しっくりこない。
犀星のことばも、具体的な「土地」のにおいに欠け、抽象的。
引用した詩と、自分のことばをどう対話させるかというのは、とてもむずかしい問題。合わせすぎてもいけないし、違いすぎても違和感が残る。
*
ふゆじたく ポインセチア
きせつがふゆにむかうときは
ぬくもりをいっぱいひろいあつめ
いろんなぬくもりをかんじる
りんごをひとつ
まんなかにおいて
そのぬくもりを
にがさぬように
わたしのこどくで
しっかりとくるむ
それらは
ゆたかなかおりをはこび
はるがくるまで
いっしょにいてくれる
「いろんなぬくもり、とはどんなぬくもり?」「ぬくもりを孤独でくるむはなじまない、矛盾しているのでは?」「でも、反対だから、くるむことができるのでは」という意見がすぐに飛び出した。
「いろんなぬくもり」については、作者から「人から受けた温かさ,思い出の温かさ」という説明があった。
温もりに対して孤独は冷たい。その対比とつつむという動詞の動きがおもしろいが、温もり/冷たさという「触覚」の世界が、最終連で「かおり」という嗅覚にかわるところに不思議な飛躍、世界の拡大があり、それも楽しい。「りんご」を「ひとつ」と限定するとき、そこには視覚も動いているかもしれない。(受講生から絵を描きたくなる、という感想が漏れた。)
くるむ/くるまれたものが「いっしょ」ということばに変わる最終行がとてもいいという声も、受講生の中から自然に漏れてきた。
*
硝子 緒加たよこ
夜明け前の廊下は真っ暗で、勘でトイレまで歩く。数年前にマンションの玄関ドアが一斉に取り換えられてこうなった。ぼくは理事会のメンバーだったけど、ドアの仕様を決める日は休んでいたんだ。以前のドアは、中心に細く一直線の明りとりの硝子が埋まってて夕方なんかはそこから廊下に光が差し込んで十字架のようだったな。ちょうどポストが真ん中にあってね。新しいドアは分厚い鋼鉄の一枚板だった。住人は取り換えの時に初めて知ったよ、もう光は入らないって。僕も。誰もそんなこと、その後の理事会でも話題にしてなかったし、こんなに真っ暗になるってイメージしなかったのかな。管理会社お薦め防犯ドア。あきらめたけど。数日うちのある日、妻が買い物から帰って来て、佐里さんに会ってね、佐里さんが嘆くのよ、怖いって、真っ暗で、子供さんがお目が弱いらしくって本当に涙を流されるの、なにか灯りになるものを置くしかないわねぇ、うちもそうするわ。とりあえずアリスの発光シールを壁に貼ったりするうちに、全戸に人感センサーライトが導入された。お年寄りから苦情があまた届いたらしい。然しながらこれが感度がいまひとつ、夜中トイレに立つときは勘に頼っている。妻はもう死んだ。あの頃の夕焼けが懐かしいな。佐里さんという人はどうしているのだろう。ぼくは彼女の顔も部屋も知らないままだ。
「舞台のマンションは、作者の生活とどういう関係があるのか」「アリスの発光シールと?」「妻はもう死んだ、ということばを書いた目的は?」七・三の割合で、現実を書いている。アリスは不思議の国のアリス。ぼくを主語にして書いたので、自然に妻になった、と作者。
途中で、エッセイと詩の区別がわからないという声が出た。
私は、エッセイも詩も、他の文章も特に区別して読むことはないが、ひとりの受講生が「現実を散文の形で書くのがエッセイ、センテンスの区切り方、文体に飛躍があり、イメージを喚起することばがあるのが詩」と「定義」した。たぶん、そう考える人が多いと思う。だからこそ、この散文形式的で書かれた作品に対して、詩と散文の区別は?という質問が出たのだと思う。
私は「妻はもう死んだ」以降の部分がとても「詩的」だと思う。「夕焼け」(夕方の十字架)がふいによみがえり、その一方で佐里さんについては、妻が語ったこと以外は何も知らない、というのがいい。もしかすると佐里さんの話は、妻がぼくと対話をするために思いついた架空の物語かもしれない。……と考えるのは、まあ、考えすぎなのだろうけれど、そういうことも考えてみたい気がする。
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