2018年冬のプサン訪問では、偶然、1軒の中華料理店のオープンに
出くわした。
場所は、地下鉄草梁駅近く。以前、中国東北料理の店が入っていた
店舗だ。
オープンイベントで、チャジャン麺(韓国式ジャージャー麺)が
1杯2000ウォン(約200円)という格安価格。
食べないわけにはいかなかった。
何と言ってもチャジャン麺は韓国の国民麺。日本で言えば、
うどんやラーメン、いや、それ以上の存在である。
(終わり)
■마약왕 「(直)麻薬王」 2018年12月 〇〇〇--
(546)
2018年12月19日に公開され、1週間と経たない12月24日現在、
観客動員がすでに140万を超えている。
かなりのヒット作である。
△「麻薬王」の入場券
「ヲタク」はこの映画を、12月25日、プサン南浦洞の釜山劇場で見た。
チケット料金は10,000ウォン(約1000円)。
△プサン南浦洞の映画館「釜山劇場」
実在の人物や事件をモチーフに創作されたフィクションで、
1970年代の釜山を舞台に、覚醒剤の密造と日本への密売で巨万の
財をなし、最後に破滅する男の半生を描いたノワール風映画だ。
△釜山劇場新館
名優ソン・ガンホ主演の、なかなか見ごたえのある映画だった。
ただし、夜の10時過ぎに始まる映画を見たので、映画を見終わる
頃には日が変わっていた。
△地下鉄「南浦駅」はシャッターが下りていた。
地下鉄もバスもなく、仕方なくタクシーで草梁のホテルまで帰った。
(代金は5000ウォン)
(終わり)
■권법형사 : 차이나타운 「(直)拳法刑事 : チャイナタウン」
(545) 〇〇---
2015年に公開されたちょいエロのアクション映画(インディーズ系)。
△インチョン中華街に来た上海マフィアのボス(映画より)
組織の粛清のためインチョン中華街を訪れた、拳法(カンフー)の
達人でもある上海マフィアのボスを、韓国の刑事夫婦が追い詰め、
逮捕する物語。
△女マフィアの色仕掛けの暗殺場面
ただし、映画の題名は「拳法刑事」となっているが、主人公の
刑事夫婦が拳法(カンフー)を使うわけではない。
彼らが使うのは、インチョンのテコンド道場で習得したテコンド技と
喧嘩ワザの頭突きだった。
△インチョン中華街の階段(映画より)
なお、劇中で使われる中国語にはハングル字幕がついていた。
映画の本筋とは無関係ながら、上海マフィアのボスが中国語で
「チーファンラマ(食事はしたか)?」と聞いたのを、刑事が
韓国語の「シーバルノマ(このくそ野郎)」と聞き間違えた
シーンには笑った。
■인사동 스캔들 「仁寺洞スキャンダル」 2009年 -----
(544)
2009年、120万(公式記録)を超える観客を動員した犯罪映画。
孤児出身の絵画修復技術者が、美術品を金儲けの道具としか考えない
悪徳美術商を、仲間とともに大きな罠にはめ、破滅させる物語。
「ヲタク」の趣向には全く合わない映画だった。
(終わり)
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■경주 「(直)慶州」 2014年 〇〇〇--
(543)
2014年公開のインディーズ映画。中国朝鮮族、チャン・リュル監督の
作品だ。
主人公は、中国の有名大学で中朝関係史を教えている韓国人の若手
政治学者。ただし、彼の学問に対する情熱は冷めていて、中国人の
妻との関係にも倦怠感を抱いている。
△慶州の観光案内所で中国人に間違われ、中国語で応える主人公(映画より)
先輩の葬儀のため韓国に一時帰国した主人公だが、7年前、先輩と
いっしょに慶州で目にした春画のことを思い出し、予定にはなかった
慶州行きを決める。
△ソウルにとんぼ返りする昔の彼女を駅まで送った男(映画より)
そして、昔、妊娠までさせたことのある元の彼女(現在は人妻)を
慶州に呼び出し、見送ったかと思えば、今度は、慶州で出会った
民俗茶屋の女主人(未亡人)といい感じになり、酒を飲んだ後、彼女の
アパートにまで、のこのこついていく。
しかし、寝室のドアを半開きのままにした彼女の気持ちには応える
ことなく、彼女には指1本触れることなくソファで寝た。
△古墳の見える女主人のアパートを訪ねた男(映画より)
主人公は、女性の心に入り込む不思議な魅力を持つ男のようだが、
昔の彼女に言わせれば、「何ごとにも責任を取らない男」。
最後は、妻を呼び出した男に激怒し、男を懲らしめるため慶州に
まで乗り込んだ昔の彼女の夫に見つからないよう、あわてて慶州の
街外れに身を隠す…。
何ともしまらない結末だった。
ただし、映画には、自死との親和性や主人公の心の病を暗示する
ような、不可解なシーン(物語の展開と矛盾する本人の心象風景)も
付け加わっていたので、もやもやとした余韻が残った。
ところで、この映画には慶州を観光する日本の韓流好きオバサン
2人組が登場した。
△男を俳優と間違えた日本の韓流オバサン(映画より)
慶州の民俗茶屋で、男を韓流俳優と勘違いし、記念撮影した後、1人の
オバサンが、唐突に、日本の過去の過ちについて謝罪し始めた。
△韓流オバサンの唐突な謝罪に「納豆が大好きだ」と答えた男(映画より)
男は、日本語も話せるくせに(電話でヤノさんと流暢な日本語で
話すシーンがある)、謝罪する韓流オバサンに対し、韓国語で
「僕は日本の納豆が大好きです」(実際に慶州にまでパックの
納豆を持ち込んでいたほど)と答える。
女主人は通訳に困り、「過去を忘れないことも大切だが、未来の
方がもっと大切だ」と日本語で語り、上手にその場を取り繕った。
印象に残るシーンだった。
(終わり)
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■결혼전야 「結婚前夜~マリッジブルー~」 2013年 〇〇〇--
(542)
2013年、120万を超える観客を動員したラブコメディ。
結婚を目の前に控えた4組の男女が主人公。1組は結婚式当日に
別れ、3組はドタバタ劇を乗り越えゴールインする。
全く期待せずに見た映画だったが、秘密の発覚あり、両家の
宗教問題あり、嫁姑問題ありと、そこそこ楽しめた。
特に年の離れた若いウズベク女性との結婚を前に、プレッシャーから
急にインポを発症したり、嫉妬深くなったりした中年男には、
笑わされた。
△女性側のビザ問題、男性側のインポ、嫉妬を乗り越えゴールイン(映画より)
ところで、映画でウズベク女性を演じたのは、本当のウズベク女性
(韓国国籍取得)。
△ウズベキスタン、タシケント出身の女優(映画より)
韓国留学中のテレビ出演がきっかけで韓国の芸能界に入った
女性で、名前はグジャル・トゥルスノワ。
中央アジア系の美女である。
(終わり)
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■천군 「(直)天軍」 2005年 〇〇〇--
(541)
2005年、120万(公式統計)を超える観客を動員したSFアクション。
韓国語に加え、満州語、中国語、最後に日本語まで登場する、国際色
豊かな映画だった。
2000年の南北首脳会談により朝鮮半島が和解ムードに包まれていた
2005年、南北朝鮮の兵士ら7人が、巨大彗星の接近により16世紀の
朝鮮にタイムスリップしてしまう。
△女真族の女真語(満州語)にはハングル字幕<映画より>
場所は、女真族(満州族)の度重なる襲撃に苦しめられていた
鴨緑江沿岸の咸鏡道。
7人は、そこで不遇をかこっていた不良青年、李舜臣と出会う。
△女真族と中国語で話す李舜臣。画面にはハングル字幕。<映画より>
李舜臣は、女真族との戦いの中で覚醒し、天(未来)からやって
きた「天軍」(地域民が7人につけた名前)の助けを得ながら、
女真族に一大決戦をいどみ、勝利する。
女真族との決戦で生き残った兵士2人は、その後も李舜臣に従い、
後年、李舜臣を支える武将として日本(豊臣秀吉)の水軍とも闘う。
△日本水軍の武将が日本語で李舜臣をあなどっている<映画より>
映画のラストシーンには、鳴梁海峡に日本の水軍を迎え撃つ彼らの
姿があった。
ナンセンスな展開ながら、なかなかおもしろい映画だった。
■육혈포 강도단 「ミス・ギャングスター」 2010年 -----
(539)
2010年、120万を超える観客を動員したコメディ映画。
3人の老女がせっせと8年間、万引きした商品をお金に換え、貯めた
90万円(便宜上、おおよその額)で豪華なハワイ旅行をしようと
する。しかし、お金を旅行社に振り込みに訪れた銀行で、運悪く
銀行強盗にあい、お金を奪われてしまう。
銀行が何の補償もしてくれないことに業を煮やした3人は、奪われた
90万円を取り戻すため、という理屈で銀行を襲う。しかし、3人の
銀行強盗は結局、失敗し、3人とも逮捕されてしまう…。
この手のハチャメチャな犯罪コメディが、120万を超える観客を
動員できたとは、実に不思議な話である。
△韓国映画によく顔を出す3人の人気老女優たち。名前は省略。(映画より)
3人の老女優が、よほど集客力を持っていたと見える。
名前まで紹介する気にはなれないが、3人とも有名老女優である
ことは間違いない。
(終わり)
■완벽한 타인 「(直)完璧な他人」 2018年10月 〇〇〇--
(538)
現在、一部でまだ上映が続いている今年10月31日公開の大ヒット作。
観客動員数は、現時点で520万を超えている(韓国映画年間5位)。
現在はソウルに暮らす江原道出身の幼なじみの男4人と、その妻3人が、
1組の夫婦の新居に集い、夕食を囲んで談笑する。
そして、その場のノリで、大人同士のおかしなゲームが始まる。
△それぞれに夫婦、幼なじみに知られたくない秘密を持つ参加者(映画より)
その場にいるみなが夫婦や幼なじみに隠している秘密がないことを
証明するため、みながスマホをテーブルの上に置き、かかって来る
電話は全てスピーカー通話で公開し、SNSのメッセージも全てその場で
公開しようというのだ。
いざ、ゲームが始まると、次々に入ってくる電話やメッセージにより、
それぞれが隠していた、大小様々な秘密や背信が露見してしまい、
場は修羅場と化していく。
最終的に、1組の夫婦関係は完全に破たんし、その場に同席していた
1組の不倫カップルの関係は終えんを迎える。
何とも趣味の悪い大人向けのブラックコメディだった。
ただし、最後の最後のどんでん返しで、そのゲームが、本当は
最初から成立していなかった「架空の話」だったという、わけの
わからないオチが待っている。
楽しく旧交を温め、夫婦仲良く帰途に就く幼なじみたちを見ながら、
どんでん返しに混乱させられ、映画に騙されたことに気づく観客は、
一気に精神的緊張が解け、脱力する。
そして、回避された破滅に救われたような気になる反面、数々の重要な
真実の隠ぺいに、もどかしさを感じさせられもする。
ハラハラドキドキしながら時間をつぶすには、持ってこいの娯楽映画
なのかもしれないが、最初から観客をだます目的で作られたような
映画は、「ヲタク」の趣向には合わなかった。
△主人公らの故郷は江原道束草(コネスト韓国地図より)
ところで、この映画の冒頭部分に出てきた主人公たちの子ども時代の
シーンに限っていえば、非常に興味深かった。
映画の中で彼らが話していた江原道方言は、「ヲタク」の印象で
いえば、ほとんど北朝鮮(あるいは中国朝鮮族)のアクセントだった。
南北に長い江原道(韓国側)の中でも、特に北朝鮮に隣接した
北東部で、北朝鮮側のアクセントとほぼ同じ方言が使用されている、
というのは事実のようだ。
38度線で分断され久しいとはいえ、本来の江原道の地理や歴史を
考えれば、当然といえば当然の現象だろう。
(終わり)
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■내 친구 정일우 「(直)私の友人 鄭日祐」 2017年 〇〇〇〇〇
(537)
2017年公開のドキュメント映画。
△1970年代のソウルのスラム街にて(映画より)
アメリカ、イリノイ州の農家で生まれ、韓国で生涯を閉じた
カトリックの故ジョン・イル(鄭日祐、1935~2014年)神父の
活動と哲学を記録したドキュメントだ。
△彼が暮らし始めた1970年代の清渓川スラム(映画より)
彼は、朝鮮戦争後、カトリック、イエズス会の神父としてアメリカ
から韓国に渡った。西江大学の設立にかかわり、しばらくは大学の
教壇に立ち、英語や哲学を教えた。
そして、民主化運動に参加し弾圧される学生らを支援したことが
きっかけになり、韓国社会とのかかわりを深めて行く。
△1970年代のスラム街(映画より)
やがて、「貧しい人々こそカトリック教会の中心にいるべき」との
信念を深めた彼は、大学の教員をやめ、ソウルのスラム街に移り住み、
住民や撤去民の支援活動に取り組み始めた。
△強制撤去されたスラム街でのミサ(映画より)
彼は、スラム街での暮らしを通じて、「自分がいかに非人間的な
人間であったかを悟った」と述べている。
そして、「カトリック教会が彼らを救済するのではなく、彼らが
教会を救済してくれる」との哲学から、教会に対し、より積極的に
韓国社会にかかわっていくことを訴えて行った。
△神父の胸で泣く撤去民(映画より)
ところで、「ヲタク」が深く感銘を受けたのは、彼が単にスラム街で
暮らし、スラム街に生きる人々と共に闘い、共に泣くだけの神父では
なかった点だ。
△1977年、撤去民らと共に京畿道始興に建設した新しい街(映画より)
驚くべきことに、彼は教会を説き伏せ、融資を引き出し、ソウル
郊外に土地を買い、住宅資材をそろえた。
そして、撤去民たちと力を合わせ、新しい住宅街をつくりあげ、
約200世帯の集団移住を実現させたのだ。
△後日、自分たちで作り上げた街を歩く神父(映画より)
さらに、そのわずか4年後には、借入金の返済を済ませた。
△1995年、神父の還暦を祝う住民たち(映画より)
政府や自治体による住宅政策(公営住宅)がないに等しい韓国の中で、
いわば「カトリック住宅」を建設し、撤去民を始めとした低所得者の
住環境を改善しようとしたのだ。
△街の中心部に広場を作るのも彼のアイデアだった(映画より)
全体から見れば規模は小さく、まさに「焼け石に水」のような
取り組みに過ぎなかったのかもしれない。
また、その活動すら、他のスラム街では住民の協力が得られず、
結果的に挫折していく。
しかし、彼の信念や行動力は多くの人々に勇気や希望を与えた。
1986年には、アジアのノーベル賞とも呼ばれるマグサイサイ賞を、
仲間の活動家とともに共同受賞した。
△農村の小さな教会で信者と農楽を楽しむ神父(映画より)
晩年は、韓国の経済発展から取り残された貧しい農村に移り住み、
仲間とともに「アメリカの実家の庭よりも狭い」農地を耕しながら、
有機農業や農民運動に取り組むなど、生涯を通じ、貧しき人々と
共に生きる信念を貫いた。
没後、彼の遺体は、京畿道龍仁市のカトリック公園墓地に埋葬された。
アメリカに生まれながらも、韓国人(国籍取得)として生き、最後は、
文字通り韓国の土になった神父である。
何とも立派な宗教者がいたものである。
実に見ごたえのあるドキュメンタリー映画であった。
(終わり)
■아들에게 가는 길 「(直)息子に会いに行く道」 2017年
(536) 〇〇〇--
2017年公開のインディーズ映画。
聴覚障害を持つ共働きの夫婦が、言語能力を獲得させるため夫の
実家で育ててもらっていた健常者の息子を、引き取ろうとする。
しかし、息子は、祖母と離れ言葉の通じない両親と暮らすことに強い
拒絶反応を見せる。
この映画は、そんな親子が葛藤を乗り越えながら、本当の親子に
なっていく姿を感動的に描いている。
ところで、「ヲタク」は、この映画を見ながら、昨年夏、プサン駅前の
食堂で出くわした、ある場面を思い出した。
△手話電話する主人公(映画より)
それは、聴覚障がい者がスマホを使って手話電話をする場面だ。
△手話電話する主人公(映画より)
健常者のみならず、障がい者の生活も便利に、豊かにしてくれる
科学技術の進歩とは、実にすばらしいものである。
(終わり)
■군산:거위를 노래하다 「(直)群山: ガチョウを歌う」 2018年
(535) 〇〇〇〇-
2018年11月に公開されたインディーズ映画。
監督は、中国朝鮮族のチャン・リュル。
△全羅北道群山市には日本統治時代の建物が多く残っている(映画より)
前半では、日本統治時代の建築物が多く残る群山市(全羅北道)を
訪れた30代のヌナ(年上女性)と後輩の男が、日本式民泊を
経営する父娘と交流する様子が描かれている。
△ヌナは男と別の部屋をとり、男に体を許さない(映画より)
驚いたことに、民泊の父娘は福岡出身の在日韓国人。(ただし、
日本語は標準語。)
△日本式家屋を観光する2人(映画より)
ヌナは、好きな詩人である尹東柱(ユン・ドンジュ、現中国延辺
出身で韓国の国民詩人)が命を落とした場所として、日本の福岡を
記憶していた。
△民泊のテラスで日本の歌を歌う民泊の娘(映画より)
写真の趣味を持つ民泊の主人は、妻を交通事故で亡くした後、
ショックで自閉症にかかった一人娘を連れ、妻の故郷である群山に
渡って来たのだという。
ヌナは民泊の主人に引かれ、民泊の娘は男に興味を持ち始める。
せっかく2人で群山を訪れたのに、部屋も別々で、2人の距離は、
なかなか縮まらない。
△日本式寺院で礼拝するヌナ(映画より)
男と娘は、気晴らしに船で沖合の無人島に渡るが、島の傾斜面で
娘が転落してしまう。男は意識を失った娘を救い出すが、群山の
警察からは娘に対する性的暴行の嫌疑をかけられる。
そして、意識が戻った娘は、病院に事情を聴取しに来た刑事に
対し、はっきりとした口調の日本語で男の無実を証言する。
男は、ソウルに帰った後、ヌナとの関係や生活において、新しい
一歩を踏み出そうとする・・・。
後半、物語の舞台はソウル。
ここで、映画のタイトルがスクリーンに現れ、時間的には2人が
群山を訪れる前にもどる。ある意味で、ここから物語が始まる。
大学卒業後も就職せず、工場を経営する年老いた父親のスネをかじり
ながら、特に評価もされない詩を書き続けている男。
その男が、ある日、街角で開かれていた朝鮮族の小さな集会を見物
していて、偶然、隣に立っている女性が、学生時代、思いを寄せていた
先輩のヌナだと気づく。
△移住民への差別撤廃を訴える朝鮮族の集会と2人(映画より)
そして、およそ10年ぶりの再会を喜び、お酒を飲むことに。
ヌナの祖父は1930年代、満州で暮らしていたことがあり、
「もし、祖父が韓国に帰ってなかったら、自分も朝鮮族だった
かもしれない」といい、集会を開いていた朝鮮族や飲食店で働く
朝鮮族女性に友愛の情を示す。
一方、男の家では、母親が亡くなった後、朝鮮族の中年女性を
家政婦として雇っているが、中国の延辺から来た彼女宛の手紙で、
偶然、彼女が尹東柱の遠縁にあたることがわかり、男は感激する。
ヌナは、若い女を作った夫(主人公の男と仲の良かった先輩)と最近、
離婚したばかりで、まだ、「男とは女を傷つけるためだけに、この
世に現れた存在」にしか見えない。
△ソウルの尹東柱文学館を訪れた2人(映画より)
それでも、男と北岳山の麓にある尹東柱文学館をデートしたり、
カラオケを歌ったり、男に誘われるがまま、男の亡き母の故郷で
ある群山を、2人で訪れることに同意するのだった・・・。
日本統治時代の文化や、在日韓国人、朝鮮族、さらには中国人にも
やさしい、多文化が穏やかに共生する精神世界を背景に描かれた、
実にユニークな恋愛映画だった。
そういう意味では、朝鮮族の監督にしか描けない韓国映画だったの
かもしれない。
△「鵞鳥を歌う 鵞鳥よ、鵞鳥よ、鵞鳥よ 曲がった首で天に向かって歌い
白い羽は青い水に浮かび 赤い足の裏で波を起こす」
なお、題名にある「ガチョウを歌う」とは、父親の方針で2年間
だけ台湾系の華僑学校に通った経験のある男が、華僑学校で習った
「詠鹅」という詩と舞踊から来ている。さらに、男の家の庭では、
父親が本物のガチョウを飼ってもいた。
(終わり)