(前回の続きです)
「ここだよ」
サラリーマン風の男の隣が空いていた。
少年が一言何か言うと男は黙って私の荷物を網棚に乗せた。
自分じゃ持ち上げられないけど、置いて置くほどのスペースもない。
何故か男は窓側に座っていたのに私に奥に座れと合図する。
「ありがとう」と少年に言って座った。
通路側に座った男はフランス語の新聞を読み始めた。
都会だなぁとまた思う。
旅行者に興味を持って話しかける人はいないし、さっきの少年だって周りと比較して
ちょっと汚い格好に見えるだけで、小汚い格好の私といい勝負だ。
アフリカの中で5番目に裕福な国だと聞いたけど、確かにそのようだ。
発車時刻までの間、外を眺めながらぼーっとそんなことを思っていた。
すると、さっきの少年が駅の職員らしい制服のおじさんに首根っこをつかまれてやってきた。
おじさんは大きな声で何か少年にわめいている。
ハムサディナール。その言葉だけ聞き取れた。
身振りでこの人にお金を返せと言っているらしい。
どうしてわかったの?どうして金額まで知ってるの?
誰かが見てて職員に連絡したんだろうか。
それとも彼がドジってウロウロしてるところを見つかってしまったんだろうか。
嫌々払ったわけでもなく、まして脅されたわけでもなく、彼に報酬として
私が支払いたい分をあげたんだから何も問題ないのに。
席をみつけてあげるってだけのことだけど、誰かが私という存在を認めて
話しかけてくれた、お金のためでも自分の為に働いてくれたってことが嬉しかった。
英語が通じるかわからなかったけど
「OKなのよ。彼は返さなくていいの。ノープロブレム。」
と言ってもおじさんは
「だめだ!ほら早く返せ!」
と少年を乱暴にせかす。
少年は返せというおじさんと、いらないという私の間で、どうしようといった表情だったけど
おじさんのすごい剣幕に押されてポケットからコインをだして私に渡した。
私はため息をついてしょうがないね、という顔で受け取った。
コインは暖かかった。
二人が去って、なんだか悲しくなってしまった。
あぁ、言葉が通じたらちゃんと説明できたのに。彼はお金を返さなくて済んだのに。
貧しい人を助けるのがイスラムの教えじゃないの?
それとも少年は貧しい振りをしてわざわざ列車の中でカモを探しているの?
別にそれでもいいじゃん。
社会的弱者に対してこうも冷たいところを見せられて、とても気持ちが落ち込んだ。
何故?で頭の中がいっぱいだった。チュニジアだってイスラム国なのに。アラブなのに。
職員は、外国人ツーリストに快適に旅行をしてもらう為に正しいと思ってそうしたんだろうと思う。
でも、これじゃホームレスの寝床を奪う為に新宿の地下道に人の金でつまらないオブジェを
作る日本と同じじゃない。
隣の男は、通路側だから無関係ながらやりとりの間にいたのに表情も変えず、
終始何も聞こえない、見えないという態度だった。
なんなんだこの国は。
私は少年の顔を思い浮かべながら暖かいコインを握って窓の外を眺めていた。
もうすぐ発車の時間だ、という頃、ひょっこり少年が現れた。
私の席より少し先にたって他を見ている。チラとこちらを見て様子を伺うので(笑)、
目でおいで、と合図するとこっちにやってきた。
嬉しくて笑顔でずっと握っていたコインを差し出す。
それをすばやく受け取ると彼はニヤッとしてすばやく消えていった。
あーよかった。
これでまた楽しい気持ちで旅が続けられる。
少年はコインを暖かい、と感じてくれただろうか。
一気に気持ちが晴れて、神様にありがとうと言った。
列車は定刻ぴったりに発車した。
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