風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

新越谷素読を楽しむ会

2015年10月26日 | 論語と
長恨歌がおわり、新しいシリーズ12人の思想家についての始まりです。

今日はその手始めとして、「論語」の章句を唱和しながら、たどる孔子の生涯
     資料として、群馬医療福祉大学「論語の学堂」講演資料
              


孔子の波乱に満ちた生涯は、親の死、最も期待した弟子と、最も心通わせた弟子の死に遭遇しながら、たどる人生の、山あり谷ありの生涯を聞く。

その中で、興味をひき、私にわかりやすいことは、孫の子思に引き継がれていったこと。
子思を教えた曽子は「大学」をなし、子思は「中庸」をなし、子思の弟子の孟子は「孟子」をなした。

論語・大学・中庸・孟子繋がって、四書という。

論語の320番 葉公との問答に親のために何をするかと問われたら、親は子のために、子は親のために隠すと。

そして、曽子、子思、孟子と連なって、「孟子」(尽心章句 上)に、『舜は、天子の位を捨てて、人殺しをした父を背負って治外法権の地の海のそばに隠れ、一生喜んで父につかえ、楽しんで、天下のことなどは忘れてしまうだろう』と。繋がってきている。

また、孔子は教育について、「四つを持って教う。文・行・忠・信。」(述而篇 171)
古典を読み、口先だけでなく必ず実行する、そして、何事にも誠実に、約束を守りましょう。
この四つを守りながら、子に教え語り、伝わっていく、考え方、思い。
2000年余り前に、生まれた人が、これほどの考えを持っていたとは。


孔子から、曽子に、子思に、孫の弟子にと衰えること無く今の世に伝わってきた。


何事にも誠実に、と考えて物事を行うと、人を傷つけてしまうことがあるのは、本当の誠実ではないのだろうねぇ。

大人に対しては、転ばぬ先の杖は、してはいけないのかもしれない。

教え伝えることは、本当は、能動的な作業ではない方が良いのかもしれない。








来月からの本

     「仁の里」′テ代中国の思想家たちのお話ー
               漢文学窓『里仁』須藤 明実著

     「里仁」              須藤 明実著

     「漢文学窓 里仁 教科書」     須藤 明実著


いよいよ、十二人の思想家についての講演が、始まる。













先月の長恨歌の吟詠は、頭が真っ白になって、拍手の音も覚えてなかったけど、録音をしてくださっていたのを聞くと、ちゃんと拍手があった。

そして今日、講演が始まる前の少しの時間に、とても良かったとのおほめの言葉を頂いて、ほんとにそうなの?と、半信半疑だけど、それを信じることにした。
頭が真っ白になっても、漢詩を見ていたから、何とか吟じ終えたんだねぇ。


コメント