地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

鉄コレ流電飯田快速色を塗装変更N化する (上)

2012-04-23 00:00:00 | 超へっぽこ模型製作


 昨日まで3日間、JRC総本山たる名古屋に出かけておりました。しかし、撮影した膨大なカットの整理とレタッチはこれからです (滝汗)。そこで東海エリアつながりで、既に仕込んでおいた鉄コレ飯田線流電セットの話題をアップ致します。
 先月スカ色と飯田快速色が同時発売となった鉄コレ流電セット、折角のモールドの素晴らしさにもかかわらず結構曲者であることにつきましては、既に個人的にスカ色への色差し苦心惨憺記としてグダグダと綴った次第です (苦笑)。一方、1960年前後の飯田線において見られた飯田快速色バージョンにつきましては、まず何よりも最大の問題として、ブルーの選択がアレではないか?という疑問が頭の中をグルグルとせざるを得ません (@_@)。
 この飯田快速色、私が生まれる前に消えてしまいましたので、実際にどうであったか知る由もありませんが、少なくともGMカタログ所収の「決定版!旧国線区別塗色変更一覧」、及び鉄コレのパッケージの説明のいずれにおいても「黄柑色+青2号」であったと触れられています。黄柑色は基本的にGMのそれを使えば良いとして、それでは「青2号」とはどんな色か……? そこでネット上で「青2号」と検索しますと、Wikipediaでは「RGB=50,76,81」と説明され、自PCのPhotoshop LEにこの数値を入力しますと、曰く言い難いダークな紺色とグリーンの中間色となります。なるほど……今回の鉄コレでは、この色をそのまま塗っているらしい……?



 しかし青2号は「ウルトラマリン」とも呼ばれる以上、海っぽくなく地味過ぎる色では疑問符が湧きますし、現行になる前の初代スカ色として使われ、あるいはブルトレ塗装のEF58にも採用されていたらしいとなりますと、一層「これで良いのか?」と思わずにはいられません。そこで、当時の飯田快速色をカラーフィルムにとどめた極めて貴重な記録をかき集めてみますと、管見の限り
 (1) RP誌1983年5月号(飯田線特集)……75頁・沢柳健一氏撮影。
 (2) RP誌2011年6月号別冊『鉄道青春時代・国電Ⅱ』
   ……8頁・久保敏氏撮影。
 (3) J.W.Higgins『昭和30年代鉄道原風景・国鉄編』JTB、96頁。
 (4) 沢柳健一『旧型国電50年Ⅰ』JTBキャンブックス、32頁。
 (5) 沢柳健一『旧型国電50年Ⅱ』JTBキャンブックス、11頁。
……といったものに行き当たります。このうち、(1) と (4) は全く同じ写真で、恐らくネガフィルムかエクタクローム系のポジで撮影しているためか、約30年間にフィルムの劣化が進んだらしく、(1) では紫味が強い鮮やかなブルーであるはずが、(4) では鉄コレのそれに近い重い色として印刷されています。まぁ (1) も撮影されてから約20年少々を経て赤かぶりが生じているのではないか?と推察されますが、それなりに彩度を保っていることに鑑みますと、何とか赤かぶりをPC上で除きながらも車体全体から鮮やかさが失われている (4) は、どうも本当の色ではないような気が……。そして、(5) に収録されている2枚の画像も、全体的に赤緑かぶりと彩度低下が進行したコマを何とかPCで修正しようとしているものの救い切れていないという印象があります。これに対し、絶対的に劣化に強いコダクロームで撮影された (3) は、車体が鉄粉で汚れながらも総じてスカ色ブルーよりも彩度と明度が高いブルーであることが見て取れますし、所収の古い画像がコダクローム系の発色で揃っている (2) に至っては、よりクリアな発色で美しいブルーを纏った流電の見事な姿を目にすることが出来ます。
 というわけで、飯田線快速色のブルーを再現するならば、教条主義的に暗すぎる色を塗るのではなく、『旧型国電50年Ⅱ』の塗装イラスト集やGMカタログに載っている通り、適度に華やかさがありながらも明るすぎず、かといってスカ色ほど暗くないブルーを塗るのが正解なのだろう……という見解に至った次第です。そこで、タミヤの《TS44》ブリリアントブルー、とクレオスの《65》インディブルーを比較したうえで、後者をチョイスして塗ってみました。う~ん、鉄道が陸上輸送の王者だった約半世紀前、飯田線が最も輝いていた時代の雰囲気が眼前に……(*^^*)。そして、鉄コレ購入時点そのままの個体(撮影のため、パンタのみPS11に変えております)と並べてみますと、印象の違いは余りにも明らか! 塗り替えた方が明らかに《快速》してます♪
 さてと、快速編成にするには少なくともあと3両塗り替え。先は長いです (汗)。