地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

濃尾三州鉄遊覧 (4) 名鉄6000系初期車

2012-07-12 00:00:00 | 都市民鉄 (中京圏)


 折角撮影したもののしばらく放置……といえば、去る4月下旬に中京圏を所用ついでに大周遊した際に撮影したカットが膨大にあるのを思い出しました (滝汗)。というわけで、個人的に最近急激にツボな存在になりつつある車両として、名鉄6000系初期車 (1~4次車) をアップしてみましょう~。
 名鉄6000系列といえば、それなりに大所帯であるにもかかわらず趣味的にはほとんど注目されない車両の代表格かも知れませんが (滝汗)、その理由は恐らく登場に際しての縁起にあるのかも知れません。かつて2扉車天国であった名鉄にあって、まともな3扉車といえばAL車・3550系やク2500といった程度しかなく、しかもこれらAL車はダークグリーン塗装にニス塗り内装ということで、そもそも昭和40年代までの名鉄沿線住民にとって3扉車の印象はロクなものではなかったことが想像されます (^^;)。しかし、オイルショックに伴う輸送量の急増に伴い、ラッシュの切り札たる3扉車が到底足りず、東急から3700系を急遽購入して3880系としたというのは有名な話。そこで名鉄は3扉車の威力に大いに目覚め、かつSR車に通じる品格をそれなりに加味することによって沿線民に受け容れられるようにしようと考え生み出されたのが6000系といわれます。しかし所詮3扉車であるため、ラッシュアワーの救世主になりこそすれ、沿線民から大いに人気を集めたという話は寡聞……(汗)。



 以来早いもので何と36年の歳月が経ち、5次車以降は窓割りが変更となり、さらに鉄仮面バージョンや界磁チョッパの6500系が登場し、末期車は3500系へと連なって行く車体デザインとなったわけですが、個人的に6000系列は、中学・高校生だった80年代にAL車を熱く追い求める立場からしてハズレも良いところな車両だったのでした……(あ、勿論、ヘンテコさが目立つ瀬戸線6600系や、AL車の生まれ変わりである6750系は例外です ^^;)。しかし気が付いてみれば半鋼製AL車の時代は遠くに去り、パノラマカーや7700系の引退によって古き良きSR車の黄金時代も去り、5300系すら廃車が始まるというご時世となりますと、急に6000系初期車が光り輝いて見えるようになったのです! 7700系と異なり幕を装備するために常時前サボを使うわけではないとしても、あくまで7700系の印象を受け継ぐ疑似東海型マスク、3扉とはいえパノラマカーを彷彿とさせる大型の連続窓、ロングシート化されて久しいとはいえ横引きカーテンを装備する優雅な車内、そして抵抗制御ここにあり!と言わんばかりのワイルドな直流モーター音……。かつて、まさか6000系に熱くなる日が来ようとは全く想像すらしませんでしたが、今やこうして駅撮りするにつけ、6000系初期車の堂々4両固定編成が姿を現すとそれだけでジーンとしてしまうのです……(*^^*)。これもひとえに、6000系にはSR車の伝統が脈々と引き継がれているからなのでしょう。
 なお、名古屋本線や常滑河和犬山線では、6000系初期車は主に普通として来るような印象があり、1枚目のように増結車を従えて6連でやって来るなどという展開は飛び上がるほど嬉しいものですが (笑)、いずれにせよ滅多に来ない (特に日中) という印象がありますので、まぁ運次第といったところでしょうか。一方、6000系初期車の三河線ワンマン対応4連は計6本あることから、三河線に行けばそれなりに来るのか?と期待したのですが、いざ三河線を訪れてみますと……三河線対応ワンマンだからといって三河線を走るとは限らず、しかも日中の閑散とした乗車率では4連はオーバーであることから、4連全然来ねぇ……5次車以降の2連ばっか (-_-;)。しかし、知立から北上して早速三河知立にて交換したのが初期車4連であったことから、「よっしゃ!」と内心叫び、豊田市で美味しく撮影した次第です (笑)。
 しかし、私はクルマ産業には従事していませんので、巨大工場が林立する豊田市に何故来たのかといえば……多言を要さないでしょうが続きをお楽しみに (^^;)。