アメリカの、イラク・アフガン戦争は宗教的側面を理解しなければ、戦争の実態が見えてこない。殆ど一方的にイスラムの悪行が喧伝されるが、はたしてそうであるのか?
イスラム教は、世界4大宗教の中で最も遅れて興った宗教である。その ために、戒律はこれまでの宗教の範囲を大きく越えて、社会システムや慣行に止まらず法律まで及んでいる。
又、イスラム教には神との仲介者がいない。僧侶や神父のような存在がなく、神の元全ての人間の平等を前提にしている。例外なのが、異宗教と女性である。この二つに“寛容”でないのが「原理主義者」と呼ばれていると言える。
イスラムは快楽主義を諌める。タリバンはそれを映画や音楽やテレビまで、禁止している。明らかな拡大解釈である。
女性も、戦闘に参加せず残されたものを慰めるために、多妻制を認めている。本来は未亡人をなくすための方便であった。これも拡大解釈されて、男性社会しか認めず、女性に対して排他的となっている。
こうしたタリバンの考え方が、イスラム社会への攻撃の格好の材料となっている。パキスタンやインドネシアでは、女性の大統領や首相も出現している。
寛容でないのは、アメリカのブッシュも同じでないか。報復しか選択肢に持たなかった、ブッシュも原理主義者あるいは過激派と言える。
その典型的な行為は、グアンタナモ収容所での拷問である。彼らが宗教的に最も嫌う、裸にさせたり赤い服を着せたり女性の下着をかぶせたり、犬をけしかけたりする行為は、彼らは拷問以上に忌み嫌っている。
さらに、オサマ・ビン・ラディンの殺害は、テロ行為そのものである。拘束 することもなく、裁判にかけるそぶりすら見せずに、殺害したのである。報道も“暗殺”あるいはテロ行為とは、少なくとも日本のマスコミは何処も報道することがない。
イスラムに対する一方的な偏見が日本などに定着しつつある。これはイスラムに対する、寛容がないためと言える。同時多発テロは、イスラムあるいは中東地域に対する、大きな溝を残したまま今日に至っている。
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