椿美砂子『青売り』(土曜美術社出版販売、2021年6月11日発行)
椿美砂子『青売り』の「森へ行く約束」。
森へ行く約束
あの人と
指切りをする
なんでもないように見える三行だが、「指切り」がみょうに私の肉体に迫ってくる。「切る」が比喩ではなく、実際に「指を切る」という感じで迫ってくる。たぶん、この詩の前に書かれている幾篇かのなかのことばが影響している。
「青売り」には「あなたの青を売ってほしい」と言われて、
いいですよとその人の前で
わたしの青を切り刻んでいく
金色の華奢な糸切鋏でなるべく痛くないように丁寧に切る
やはり「切る」が出てくる。そのとき、その「切る」には複雑に思いが絡んでいる。「金色の華奢な糸切鋏」には「切る道具」に対する思いがある。「なるべく痛くないように」には自分の肉体への思いがある。ふたつをつなぐものに「丁寧」という抑制がある。
さて。
「指切り」。「指切り」は「約束」の比喩だから、そして「約束」ということばは既に出ているのだから、ことばの経済学からいうと(散文精神からいうと)、ほんらいは不要な表現である。「金色の華奢な糸切鋏でなるべく痛くないように丁寧に切る」と同じである。つまり、そんな個人的な思いなんか、他人にとってはどうでもいいのだが、椿はこだわらずにはいられない。「約束」とは「指を切る」覚悟をすることなのだ。
この「指切り」は二連目で、こう変わる。
森でわたしは迷子になるだろう
あの人と繋いだはずの手をほどいてしまうから
「指切り」は、ふつうは小指と小指を絡ませる。実際に「切る」わけではない。「切らない」という願いをこめて、指をからませる。椿のつかっていることばで言いなおせば、「繋ぐ」である。「指を繋ぐ」、その「繋ぐ」を維持するが「約束する」である。
しかし、椿は「指をほどく」。「繋ぐ」をやめてしまう。これは「切る」を別の形でいいなおしたものだ。
「ほどいた」のは誰? 「あの人」か「わたし(椿)」か。「わたし」である。
その結果、どうなる?
たぶんわたしは
地獄へ堕ちると思う
でも
地獄はわたしを退屈させない
わたしにしかみえない花が咲き乱れているから
咲く花を瞳に閉じながら観てみよう
「地獄」とは、どこか。私はこういうことばを信じないが、椿は「地獄はわたしを退屈させない」と定義する。さらに「わたしにしかみえない花が咲き乱れている」と言いなおす。大事なのは「わたしにしかみえない」という意識である。世界には、誰にでも見えるものがある。椿には見えないものがある。椿にしか見えないものもある。
それは「指切り」の「切る」という動詞であったりする。
この「見えないもの」は「青売り」の最後には、
わたしのつくった闇でこれからわたしのひかりを生むために
という矛盾に満ちた強いことばがある。このことばのなかに「見えないもの」「切る」につながるものがあるのだが、この詩集では、それが書き切れているとは言えない。方向性が暗示されているだけだ。しかし、だからこそいいのかもしれない。書き切ってしまうと、それはふつうに私たちがつかう「指切り=約束」という定型としての比喩になってしまう。「定型的比喩(慣用句)」をどうやって自分の肉体で壊して(いったん闇にして)、新しいことば(ひかり)にするか。
咲く花を瞳に閉じながら観てみよう
椿は「閉じる」と書いているが、やはり、「開いて」いかないと、何も生まれないと、私は思う。「森へ行く約束」は椿が設定した「課題」として読みたい。
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