詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

松下育男「ブロッコリー」

2021-10-14 11:03:33 | 詩(雑誌・同人誌)

松下育男「ブロッコリー」(「生き事」16、2021年秋発行)

 松下育男「ブロッコリー」を読む。

人を茹でたことはないけれども
ブロッコリーならある

 さて。
 この書き出しの「茹でる」は、具体的に鍋に水を入れて、湯を沸かして、煮るということなら、「人を茹でる」ということをしたことがあるひとなど、いるはずがない。だから、この「茹でる」はわざと書かれたことばである。最初から、日常語とは違った形で書かれている。それなのに、つづけて「ブロッコリーなら(茹でたことは)ある」とつづける。作為に満ちたことばの動きである。最初から、これから書くことは「日常のことばではない/詩である」と宣言している。
 そんな「宣言」は、まあ、聞きたくないなあ、と私は思ったりする。
 こう思ってしまうと、あとはことばが「悪口」へ向けて動いていってしまう。まあ、しょうがないね。書かずに、私のなかで止めておいてもいいのだけれど、それは私の一番苦手なこと。だから、思いつくままに、悪口を暴走させてみる。

雨の日は窓を閉めて
ガスレンジのスイッチを
入れる

 なぜ「雨の日」と断ったのか。この「雨の日」というのは事実ではないだろう。「人を茹でる」と同じように、単なる仮定、次のことばを動かすための「踏み台」なのである。ことばのイメージ、意味が優先している。「雨の日」と書くだけで、(読むだけで)、人はたいてい「陰気」になる。気持ちが内に閉じこもる。それが「窓を閉める」の「閉める」ということばにも反映している。私の好きなことばで言えば「呼応している」。ことばが自然に動くように仕向けている。動いているように見せかけている。松下は技巧派なのである。技巧優先の詩人なのである。
 一方で「陰気」というか「内にこもる」を描き出し、他方で「ガスレンジのスイッチを/入れる」。ガスの青い炎の花が開くのが目に見えるようだ。外を見ないで、目の前に視線を集めていくわけだからね。「ガスレンジのスイッチを/入れる」ことで、気持ちを転換させるわけである。

ブロッコリーが茹であがるまでには
一分半

 いかにも、いつでもブロッコリーを茹でたり、ほかの家事(料理)をしている感じだなあ。「一分半」の「半」というこだわりに、そういうものが見え隠れする。

一分半あれば
さみしげな詩だって
ひとつできる

 ほんとうかなあ。よくわからないが、ほんとうだと仮定して、私は「さみしげな詩」、その「さみしげな」ということばに、なんともいえずいやな気持ちになる。二連目の「雨の日」と同じである。「楽しい詩」「ふざけた詩」ではなく、「さみしげな」詩。
 最初から、この「さびしげ」を中心にことばを動かそうとする「意図」が見えている。ブロッコリーを茹でていて、松下が変わってしまったのではなく、最初からこの「さびしげ」を書くために松下はことばを動かしてきたのだ。
 発見しているふりをしているが、最初から、それが狙いだった。もっとも発見は発明と違って、そこに隠れているものを見つけ出すことだから、何の矛盾もないけれど。でも、そういう矛盾のなさが詩を小さくする。えっ、いま何が起きた?ということが、あらわれてこない。
 この「さみしげ」を松下は、こう言いなおす。

人なら茹でたことはないけれども
詩なら
ある

 人のかわりに、詩を「茹でる」。この「茹でる」は、比喩であるが、同じ「茹でる」をつかいながら「人を茹でる」とは、まったく意味が違う。一連目、そしてこの連での人を「茹でる」は、どうしたって「罰を加える」たぐいのものである。極端な話、「茹で殺す」のである。
 もし、「茹で殺す」(殺したい)くらいのさみしい気持ちで詩に向き合い、その詩を「湯で殺す」というのなら、それはとてもおもしろいと思い、私はちょっと興奮するが、そんなことを松下は書くはずがない。
 そこが、とても、つまらない。

なんでもない言葉が
いい香りに 茹で上がる

 ブロッコリーを茹でて、いい香りにするように、ことばを茹でていい香りの詩にする。ことばの加工、それも「茹でる」という単純な加工で、ことばは詩に生まれ変わる。それも「一分半」、それも「さびしげな」感じの。
 「いい香り」とは「さみしさ」(感傷)につうじる何か。きっと「感傷」をつうじて、私はまだ生きている、と感じるということなんだろうなあ。ブロッコリーを茹でるというような些細な日常。そこにあるさみしさと、喜び。強いさみしさでも、強い喜びでもない、静かな感じ。
 「茹でる」が、少しの加工、ありふれた加工(手仕事)を「意味」するのなら、人をこそ「茹でる」ということをすればいいだろう。「人を茹でたことはない」というとき、人を徹底的に痛めつけるというような意味につかっておいて、ブロッコリーを茹でる、ことば(詩)を茹でるというときには、「いい香り」を出すための手順というのでは、なんだかなあ。
 私は書き出しの「人を茹でたことはないけれども」ということばが、とても「いい香り」に「茹で上がっている」とは思えないのである。
 メインディッシュは、先に書いてきたけれど

一分半あれば
さみしげな詩だって
ひとつできる

 である。この「さみしげな詩」ということばのために、ほかのことばがみんな奉仕させられている。
 こういう詩は、私は、大嫌いだ。

 

 

 

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