最終話の355時間目がダメダメだという感想は変わらず。
とはいえ、この話だけ言っててもあまり生産的ではないので、ネギま!全体について思いついたところから記していくか、と。
再開の可能性や方法については前回に書いたとおり。
結構ありえるんじゃないかなとは思う。
要するにノベルゲームのようなマンガへの道なわけだ。。。
とはいえ、魔法世界編は今振り返ると決して面白いものではない。
やっぱり、全体的に冗長だったなぁ。
うん、無駄に長かった。
まぁ、ざっくり言うと、ネギま!のピークは概ね19巻まで。
学園祭の超の計画を阻止したところがピークで、あとは、そもそも二次創作みたいなもの。
だから、魔法世界編の当初からのやり直しもあるかもw
(しかし、それだとホントなんでもありだな)。
で、19巻まで、というか、超の計画阻止編のところがピークと言ったけど、実はこれも微妙で。ホントは武闘会あたりまでだよね、素直に面白かったのは。
なぜなら、それまでは、ネギの回想シーンは入るものの、基本的には現在進行形のお話で、そこにクラスメイトの一人一人が適宜絡んでくる感じで。まぁ、既にその頃から濃淡はあったけど、でも、素直に出入りがあって、31人システムは一応稼働。
で、武闘会のバトルは、楓や古菲の実力のプレゼンという点でもうまくまわっていた。
ネギの成長も、対戦を通じて考えながら、って感じでよかった。魔法世界編のようなチート感もなかったし(実際はあるんだけど。とはいえレベルが違うw)。
ネギま!世界が異様にややこしいものにしたのは、やっぱり航時機=カシオペアの登場から。あれによって、文化祭が何度も繰り返されてしまって。
もちろん、時間遡行を繰り返すことで、31人に対して個別のエピソードができてうまいといえばうまかったのだけど、超の計画や火星人設定を含めて、盛り上げすぎてしまった。
今思えば、あそこで未来SFものを入れてしまったのが、無駄に魔法世界編をややこしくさせてしまったような気がする。
超のラスボス設定はその後結局ずっと影のようについてまわって、結局、最後の最後で申し訳なさそうに出てきたくらいで。
なんというか、ネギま!のお話の中では造物主といえば始まりの魔法使いとかそのあたりのことを指すけど、ネギま!世界という点では、超こそが造物主のポジションを結局閉めたような気がする。何やってる人か、結局最後までわからなかった。ある意味、ザジ以上に最後までとぼけたキャラだった。
なので、19巻までがピークだけど、超編はやっぱり毒まんじゅうだった気がする。
未来の魔法技術なんてものをあそこで出してしまったら、その後の能力開発はうなぎのぼりにならざるを得ないというか。
結局、茶々丸の仮契約も超が何らかの形で干渉したみたいだし。
そもそも、渡界機って超はいつ作ったのか?とか気になるし。
渡界機があったから、茶々丸のアーティファクトが届いたというのが、後付の理解だけど、多分そうなのだろうし。
ということで、超は全能過ぎる。
ともあれ、超編からちょっとマニアックな方向に言ってしまったことなのだろうな、と。
あの後から、やたら修行編が多くなってしまったので。
そうすると、ネギにしか焦点が合わなくなって。
実際、魔法世界編では明日菜はほとんど活躍してないし。
栞の偽物がいたらか絵面的には明日菜はいたわけだけど。
もっとも、みんながネギの本命と思っていた明日菜が長期休業してくれたおかげで、魔法世界組のクラスメイトのポジションは随分高まったわけだけど。それにしてもね。
ということで、やっぱり超編が曲がり角だったんだな、と思う。
魔法世界編に比べればテンポも良くて面白かったのだけど、あのせいで、そもそも作中時間が進まなくなった。文化祭の三日間にどれだけかけてるんだ、という感じ。
魔法世界編は、あくまでも夏休みの小旅行ぐらいで留めておいて、二学期をとっとと始める方向に行けなかったのはうまくなかった。
その意味では、フェイトによって魔法世界に散り散りになったのは物語的に過剰サービスだし、千雨じゃないけど、ポイントオブノーリターンとして、まずはみんなで一度麻帆良に帰るという方向に行っても良かったような。やっぱり、ラカンとの戦いが蛇足だった気がする。
まぁ、あれを通じて、ネギの「魔法開発力」というチートな能力が明らかになったといえばそうなのだけど。
なかなか物語を都合よくたたむのは難しいなぁ、と思う。
とりあえずは、こんなところで。
とはいえ、この話だけ言っててもあまり生産的ではないので、ネギま!全体について思いついたところから記していくか、と。
再開の可能性や方法については前回に書いたとおり。
結構ありえるんじゃないかなとは思う。
要するにノベルゲームのようなマンガへの道なわけだ。。。
とはいえ、魔法世界編は今振り返ると決して面白いものではない。
やっぱり、全体的に冗長だったなぁ。
うん、無駄に長かった。
まぁ、ざっくり言うと、ネギま!のピークは概ね19巻まで。
学園祭の超の計画を阻止したところがピークで、あとは、そもそも二次創作みたいなもの。
だから、魔法世界編の当初からのやり直しもあるかもw
(しかし、それだとホントなんでもありだな)。
で、19巻まで、というか、超の計画阻止編のところがピークと言ったけど、実はこれも微妙で。ホントは武闘会あたりまでだよね、素直に面白かったのは。
なぜなら、それまでは、ネギの回想シーンは入るものの、基本的には現在進行形のお話で、そこにクラスメイトの一人一人が適宜絡んでくる感じで。まぁ、既にその頃から濃淡はあったけど、でも、素直に出入りがあって、31人システムは一応稼働。
で、武闘会のバトルは、楓や古菲の実力のプレゼンという点でもうまくまわっていた。
ネギの成長も、対戦を通じて考えながら、って感じでよかった。魔法世界編のようなチート感もなかったし(実際はあるんだけど。とはいえレベルが違うw)。
ネギま!世界が異様にややこしいものにしたのは、やっぱり航時機=カシオペアの登場から。あれによって、文化祭が何度も繰り返されてしまって。
もちろん、時間遡行を繰り返すことで、31人に対して個別のエピソードができてうまいといえばうまかったのだけど、超の計画や火星人設定を含めて、盛り上げすぎてしまった。
今思えば、あそこで未来SFものを入れてしまったのが、無駄に魔法世界編をややこしくさせてしまったような気がする。
超のラスボス設定はその後結局ずっと影のようについてまわって、結局、最後の最後で申し訳なさそうに出てきたくらいで。
なんというか、ネギま!のお話の中では造物主といえば始まりの魔法使いとかそのあたりのことを指すけど、ネギま!世界という点では、超こそが造物主のポジションを結局閉めたような気がする。何やってる人か、結局最後までわからなかった。ある意味、ザジ以上に最後までとぼけたキャラだった。
なので、19巻までがピークだけど、超編はやっぱり毒まんじゅうだった気がする。
未来の魔法技術なんてものをあそこで出してしまったら、その後の能力開発はうなぎのぼりにならざるを得ないというか。
結局、茶々丸の仮契約も超が何らかの形で干渉したみたいだし。
そもそも、渡界機って超はいつ作ったのか?とか気になるし。
渡界機があったから、茶々丸のアーティファクトが届いたというのが、後付の理解だけど、多分そうなのだろうし。
ということで、超は全能過ぎる。
ともあれ、超編からちょっとマニアックな方向に言ってしまったことなのだろうな、と。
あの後から、やたら修行編が多くなってしまったので。
そうすると、ネギにしか焦点が合わなくなって。
実際、魔法世界編では明日菜はほとんど活躍してないし。
栞の偽物がいたらか絵面的には明日菜はいたわけだけど。
もっとも、みんながネギの本命と思っていた明日菜が長期休業してくれたおかげで、魔法世界組のクラスメイトのポジションは随分高まったわけだけど。それにしてもね。
ということで、やっぱり超編が曲がり角だったんだな、と思う。
魔法世界編に比べればテンポも良くて面白かったのだけど、あのせいで、そもそも作中時間が進まなくなった。文化祭の三日間にどれだけかけてるんだ、という感じ。
魔法世界編は、あくまでも夏休みの小旅行ぐらいで留めておいて、二学期をとっとと始める方向に行けなかったのはうまくなかった。
その意味では、フェイトによって魔法世界に散り散りになったのは物語的に過剰サービスだし、千雨じゃないけど、ポイントオブノーリターンとして、まずはみんなで一度麻帆良に帰るという方向に行っても良かったような。やっぱり、ラカンとの戦いが蛇足だった気がする。
まぁ、あれを通じて、ネギの「魔法開発力」というチートな能力が明らかになったといえばそうなのだけど。
なかなか物語を都合よくたたむのは難しいなぁ、と思う。
とりあえずは、こんなところで。