風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

こだわりを捨てたら

2015年05月21日 | 徒然に日々のことを
この日明け方に、雷がなり、何かの変わり目があるような・・・

確かに大きな変化が起こり、こだわりと思いこみともろもろを捨て去ることになりました。

まずその一つ、ライブ。
そこから、いろんなことが、ほどけ始めて、こじんまりつつましくとの思いが、とんでもなく大きいものになって、戸惑って、それ以上に大きな喜びをもらいました。

その結果が、チラシに集約されました。



つつましく、暖かで、小さな会でと願って計画が始まった夢青葉と夢松風との合同練習会が、ライブ形式でこじんまりしたお気に入りの場所で、開催されることしか頭になかった。
こだわりを持つと、その通りにしかことを運ぼうとしない頑固さに繋がっていたと思う。

それを、明け方の雷が打ち砕いたのかなぁ。

レストランとの最終打ち合わせの日、無理なのに進めようとしていたのにやっとやっとやっとのことで気が付いた。

その日が、菜根譚の授業の日。



 

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菜根譚・はじめの一歩

2015年05月21日 | 論語と
肝病を受くれば 
則ち 目視ること能わず。
腎病を受くれば
則ち 耳聴くこと能わず。

病は人の見ざる所に受けて、
必ず人のともに見る所に発す。
故に 君子 罪を昭昭に
得る無からんことを欲せば、
先ず、 罪を冥冥に得ること無かれ。


整体の山田先生に、最近の耳の聞こえに問題が・・・と打ち明けた時、私には、西洋医学的な問題はなくても整体的に弱点を抱えていると説明されたのがつい最近のこと。

それで、数ある体操の中から私に今必要な体操を教えてもらっています。
病気を治すのではなく、病気にならないための体操をして、元気でいられる方法を模索ちゅうです。

古の人々は、体の目に見えない部分からの影響も十分わかって対処していたのだ。

そして、菜根譚では、見えないところにおいて深く慎むべきであると書いてある。

「昭昭としたところで恥をさらしたくなければ、冥冥とした人の目の届かぬところで過ちを犯さぬことが、君子の心得だ。」と、須藤先生は説かれた。


後日整体の先生とお話をしたとき、すべては繋がっているのです。と、おっしゃった。



二限目は詩吟の会。
前回に続いて、春暁  孟浩然作

ゆったりと、時が過ぎて、少しずつ声が出るようになっています。
芦孝会からの先輩たちは、須藤先生の講義の奥深さに動かされて生徒となり、先生と私の思いに賛同してくださって、ご自身の詩吟の練達には、目に見えたものはなくても、はじめの一歩に参加してくださっています。
その先輩が他のサメ[トが、はじめの一歩で初めて詩吟を習い始めた後輩さんたちにどれだけ力になっているか、本当にありがたく思います。

そして、ご自身たちは、どんなところにも学びがあると言って、嬉々として参加下さっています。
二年目に入っても、変わらず、続いています。

次回の吟題は「絶句」杜甫作
その解説もしていただいて、至れり尽くせりの、詩吟の会です。


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