熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

リズ・カーン著「アラビアのバフェット」

2007年10月29日 | 経営・ビジネス
   世界第5位の大富豪と言われても、ビル・ゲーツやウォーレン・バフェットのように知られてはいないが、サウディ・アラビアのアルワリード・ビン・タラール・ビン・アブドルアジーズ・アルサウード王子程時代の申し子のような実業家はいないであろう。
   王族であるからでも、石油利権によったのでもなく、裸一貫から自分の才覚で時代の潮流に乗って巨大な経済帝国キングダム・ホールディングを築き上げたからであり、風雲急を告げているアラブと西欧・東西の架け橋たらんと奔走しているからでもある。

   この本に添付されているドキュメントDVDでもそうだが、冒頭、アルワリードが、9.11グラウンド・ゼロのテロ事件直後に同地を訪れて、ジュリアーノ市長に1000万ドルの見舞金の小切手を渡す所から書き起こされている。
   結局、市長に当てたアルワリードのメッセージ”アメリカ合衆国政府はパレスティナの主張に対して、もっとバランスの取れたスタンスを取るべきである”と言う文言が物議を醸してつき返されてしまうのだが、イスラエル・ロビーの強力なニュー・ヨークでは当然のことで、マードックは「政治だ」と言下に言う。

   母の故国レバノンで育った所為もあって、パレスティナに対してはその苦境なども良く知っており強力に資金援助などのサポートをしているが、一方、アルワリード自身が厖大な投資をつぎ込んでいるアメリカの大企業のトップの多くがユダヤ人であることもあってこの関係も良好であり、本人は偏見がなくても、微妙な立場に立つ。

   アルワリードの当初の起業資金は、3万ドル。事務所は4部屋のプレハブ。
   韓国業者の受注した軍の将校クラブ建設プロジェクトで、通り相場のコミッション事業ではなく、プロジェクトに出資して契約上の雑事やコーディネート仕事一切を引き受けて利益を稼ぎ、再投資に回して資金を増やし、
   国中がオイルブームに沸くのに乗じて建設と不動産投資で稼ぎ、その資金で外国企業を誘致して事業を拡大していった。
   アメリカで経営学を学んだ成果である。
   1980年代の始めの頃で、私も何度かリアドへ出かけてつぶさに建設と不動産ブームに沸き返るアラビアの姿を見ているが、確かにヒュンダイなど韓国の建設会社が活躍していた。

   その後、アルワリードは、利益を出す最良の投資として銀行業に目をつけて、敵対的買収で倒産寸前のユナイテッド・サウジ・コマーシャル銀行を買い取って不良債権を全額処理して健全化し、次に、ユナイテッド・サウジ銀行と合併を画策し、さらに、シティバンクの合弁SAMBAを合併して中東一のサウジ・アメリカン銀行を作り上げてしまったのである。
   これと平行して、建設、不動産、小売り、観光、ホテル、メディア等々に投資し、キングダム・ホールディングの事業を拡大して行った。

   私が始めてアルワリードの活躍を知ったのは、1991年、倒産寸前であったシティバンクに、アラビアのプリンスが厖大な救済資金を投入したと言うニュースであった。
   既に、シティの株を相当数保有しており、アメリカの銀行をスタディしていたアルワリードにとっては、瀕死の名門バンクが超格安のバーゲン価格になったのであるから千載一遇のチャンスであったのであろうが、しかし、自分自身の資産の半分を投入してのリスクテイクの覚悟であるから大変な決断であった筈である。

   アルワリードの投資手法は、バフェットと同じで、「バイ・アンド・ホールド」。掘り出し物を見つける眼識と勝ち組銘柄を選別する能力を保有して、徹底した底値買いをして、ひたすら保有し続けることである。
   会社を買収する場合には、頭脳――経営、専門知識、ノウハウ、実績、経験、そしてネームバリュー――を買う。極上のビッグチャンスを見つけ、長期にわたって優良企業であり続け、最低でも7~10年のスパンで投資可能な企業を物色したい、と言う。
   業界全体を俯瞰して徹底的に特定企業を調査して、市場価格が、企業の本質的価値より異常に下がって、自分たちの設定した価格に達するまで辛抱強く待って、時期が到来すれば果敢に大量買いするのである。

   そのようにして取得した戦果が、シティバンク、アップル、ニューズ・コーポレーション、フォーシーズンズ・ホテルズ、フェアモント・ホテルズ、カナリーワーフetc.
   ユーロデーズニーやIT関連投資で失敗もしているが、アルワリードのキングダム王国は拡大の一途を辿っている。
   アルワリードが、ビル・ゲーツやバフェットと違うのは、実業と投資の両方で富の蓄積を図っていることであろうか。

   睡眠4時間、寸暇を惜しんで読書に励み、周りにはIT器機が取り巻きグローバル経済情報を集積し、24時間の臨戦態勢で回線を起動させて商談を続け、地中海でタイタニックの3分の1の自分の舟でビジネス会議を主催し、自社のボーイング767と747で世界を飛び回り、とにかく、アメリカの大統領にでも自由に会える途方もないアラビア人実業家の実像を、このリズ・カーンの本は、実にビビッドに描いていて面白い。
   世界に冠たるアラビア商人の末裔であるアルワリードが、スタッフの大半がこれも世界的に最もシビアだと言われる商人レバノン人だと言うから、これに、アメリカ手法のビジネス感覚と最新のIT技術を駆使した経営を行えば、向かうところ敵なしと言うのは当然かも知れない。

   現在検討している企業は、と言う日経の問に、「ひとつはソニーだ」と答えているので、日本上陸も近いかも知れない。
   

   
コメント
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