今となっては、アメリカの謀略によって引き起こされたイラク戦争で、収拾がつかずにアメリカ自身が窮地に陥っているのは自業自得だと言う観測が一般的だが、何故、ブッシュ政権がイラク戦争に突入せざるを得なかったのかと言うことについては、色々憶測されている。
石油会社やハリバートンのような企業のための戦争だとか、戦時体制を確立して共和党によるコントロール体制を維持するためとか、中東に民主主義体制を確立するための第一歩だとか、色々言われているが、
強力で優れた軍事技術に自信を持ち国家安全保障に大変な懸念を持っていた覇権超大国アメリカの背中を押したのは、イスラエル・ロビーとネオコン、そして、9.11である、と、
J.J.ミアシャイマーとS.M.ウォルトが、「イスラエル・ロービーとアメリカの外交政策Ⅱ」で、イスラエル・ロビーとネオコンのイラク戦争との関わりについて詳述している。
ネオコン派が、サダム・フセイン大統領を武力で追い落とそうとキャンペインを開始したのは、ブッシュ大統領が就任する以前からであり、イスラエルも、サダム・フセインを自分たちの脅威だと見なし、米国にフセインを権力の座から引き摺り下ろす為の戦争を始めるように働きかけていた。
しかし、ネオコンやイスラエルが、いくら熱心に試みても、クリントン、ブッシュ大統領にイラク侵攻を説得出来なかった。
ところが、9.11同時多発テロと言う悲劇的な出来事によって、ブッシュ大統領とチェイニー副大統領は考えを変え、サダム・フセインを追い落とす為の予防的な戦争の強力な支持者になったのである。
両教授は、ブッシュ大統領が就任時点からイラク侵攻の決意をしていたと考えるのは間違いで、9.11が勃発しなければ、イラク侵攻は有り得なかったと言う。
ブッシュ政権のホワイトハウスと国防省の文官の地位にあるタカ派の高官(ネオコン)が、イラク侵攻はテロとの戦争の勝利するために不可欠であると情報操作しながら圧力をかけ、アラファット、ビン・ラディン、サダム・フセインを米国とイスラエルに脅威を与える厄介者だとして、危険度が年々大きくなってきていると誇張し続けた。
サダム・フセインをヒットラーと比較して、1938年のミュンヘン会議を引き合いに出して、反対派を宥和政策に敗北したチャンバレン英国首相になぞらえ糾弾した。
元々、イラク戦争は、米国とイスラエルの長期利益に適うよう、中東地域を民主主義秩序に再編する為の第一歩で、イラクを占領して民主国家にすることが目的であった。
この民主イラクが魅力的なモデルとなり、中東地域に民主化のドミノ現象が起こって、周囲の権威独裁主義アラブ諸国も民主化し、米国とイスラエルに友好的な政権が常態となると、イスラエルとパレスティナの紛争も無意味になると言う筋書きであった。
これが、イスラエルの願いであり、簡単に片がつくと考えて突入したイラク侵攻が、今日のように犠牲の多い泥沼になるとは予想もしなかったのである。
しかし、イラク戦争後の中東情勢は、果たして、イスラエルにとってはどうであろうか。
戦争の結果、中東情勢が更に不安定になって、中東におけるイランの脅威が益々強くなって来ており、皮肉にも危険度が増幅したとしか言えなくなっている。
万が一、圧力に屈して米軍がイラクから撤退するとなると、イスラエルの脅威は更に増す。
自国を守るために、アメリカの戦力を利用した心算が、結果的には、更に状況を悪化させてしまったと言うことだろうが、イランを叩く為に援助して育てたサダム・フセインに泣き、ソ連追い落としの為に育てたつもりのビン・ラディンにてこずっているアメリカと良く似ているのが面白い。
ところで、この本で、両教授は、在米ユダヤ人の相当数がイラク戦争に反対であったこと、石油会社が何年も政府にロビー活動をしていたのは戦争などではなくイラクへの経済制裁の解除であったことなど、興味深い解説をしていて面白い。
それに、イラク戦争には、国務省、情報機関、制服組の軍人達が冷淡であったと言う事実も非常に重要な示唆を与えてくれている。
今回、イラク戦争を推進したネオコンの大半が文官の政府高官や学者であったことは、シビリアンコントロールが正しいコンセプトなのかどうかを問いかけてもいるという気がするがどうであろうか。
石油会社やハリバートンのような企業のための戦争だとか、戦時体制を確立して共和党によるコントロール体制を維持するためとか、中東に民主主義体制を確立するための第一歩だとか、色々言われているが、
強力で優れた軍事技術に自信を持ち国家安全保障に大変な懸念を持っていた覇権超大国アメリカの背中を押したのは、イスラエル・ロビーとネオコン、そして、9.11である、と、
J.J.ミアシャイマーとS.M.ウォルトが、「イスラエル・ロービーとアメリカの外交政策Ⅱ」で、イスラエル・ロビーとネオコンのイラク戦争との関わりについて詳述している。
ネオコン派が、サダム・フセイン大統領を武力で追い落とそうとキャンペインを開始したのは、ブッシュ大統領が就任する以前からであり、イスラエルも、サダム・フセインを自分たちの脅威だと見なし、米国にフセインを権力の座から引き摺り下ろす為の戦争を始めるように働きかけていた。
しかし、ネオコンやイスラエルが、いくら熱心に試みても、クリントン、ブッシュ大統領にイラク侵攻を説得出来なかった。
ところが、9.11同時多発テロと言う悲劇的な出来事によって、ブッシュ大統領とチェイニー副大統領は考えを変え、サダム・フセインを追い落とす為の予防的な戦争の強力な支持者になったのである。
両教授は、ブッシュ大統領が就任時点からイラク侵攻の決意をしていたと考えるのは間違いで、9.11が勃発しなければ、イラク侵攻は有り得なかったと言う。
ブッシュ政権のホワイトハウスと国防省の文官の地位にあるタカ派の高官(ネオコン)が、イラク侵攻はテロとの戦争の勝利するために不可欠であると情報操作しながら圧力をかけ、アラファット、ビン・ラディン、サダム・フセインを米国とイスラエルに脅威を与える厄介者だとして、危険度が年々大きくなってきていると誇張し続けた。
サダム・フセインをヒットラーと比較して、1938年のミュンヘン会議を引き合いに出して、反対派を宥和政策に敗北したチャンバレン英国首相になぞらえ糾弾した。
元々、イラク戦争は、米国とイスラエルの長期利益に適うよう、中東地域を民主主義秩序に再編する為の第一歩で、イラクを占領して民主国家にすることが目的であった。
この民主イラクが魅力的なモデルとなり、中東地域に民主化のドミノ現象が起こって、周囲の権威独裁主義アラブ諸国も民主化し、米国とイスラエルに友好的な政権が常態となると、イスラエルとパレスティナの紛争も無意味になると言う筋書きであった。
これが、イスラエルの願いであり、簡単に片がつくと考えて突入したイラク侵攻が、今日のように犠牲の多い泥沼になるとは予想もしなかったのである。
しかし、イラク戦争後の中東情勢は、果たして、イスラエルにとってはどうであろうか。
戦争の結果、中東情勢が更に不安定になって、中東におけるイランの脅威が益々強くなって来ており、皮肉にも危険度が増幅したとしか言えなくなっている。
万が一、圧力に屈して米軍がイラクから撤退するとなると、イスラエルの脅威は更に増す。
自国を守るために、アメリカの戦力を利用した心算が、結果的には、更に状況を悪化させてしまったと言うことだろうが、イランを叩く為に援助して育てたサダム・フセインに泣き、ソ連追い落としの為に育てたつもりのビン・ラディンにてこずっているアメリカと良く似ているのが面白い。
ところで、この本で、両教授は、在米ユダヤ人の相当数がイラク戦争に反対であったこと、石油会社が何年も政府にロビー活動をしていたのは戦争などではなくイラクへの経済制裁の解除であったことなど、興味深い解説をしていて面白い。
それに、イラク戦争には、国務省、情報機関、制服組の軍人達が冷淡であったと言う事実も非常に重要な示唆を与えてくれている。
今回、イラク戦争を推進したネオコンの大半が文官の政府高官や学者であったことは、シビリアンコントロールが正しいコンセプトなのかどうかを問いかけてもいるという気がするがどうであろうか。