熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

芸術祭十月大歌舞伎・・・赤い陣羽織

2007年10月10日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   正に芸術の秋で、歌舞伎座の演目も、藤十郎と時蔵の「恋飛脚大和往来」や仁左衛門と玉三郎の「牡丹燈籠」、それに、玉三郎の「羽衣」や三津五郎の「奴道成寺」の舞踊などと非常に充実していて楽しい。
   まず、興味深かったのは、昼の部の冒頭の「赤い陣羽織」で、これは、スペインの民話を主題としたアラルコンの「三角帽子」に着想を得て、木下順二が民話劇に仕立て上げた面白い舞台である。
   無類の女好きの代官が、村人の美人の女房にモーションをかけて寝取ろうとする話で、失敗した上に、結局最後には奥方にこっ酷くとっちめられてお仕舞いとなる。

   こんな話は、良くある話で、水戸黄門の話になるともっと悪辣だが、スペインあたりでも、初夜権を行使した領主がいたし、モーツアルトのフィガロの結婚も良く似ており、とにかく、笑い飛ばして話が終わり、人畜無害、めでたしめでたしで終わるのが良い。
   この原作の方は、ファリャのバレエ「三角帽子」の方で親しまれている。
   スペインの方は、粉屋夫婦が主人公であるが、何となく、ブリューゲルの田舎風景のワンシーンのように浮かび上がってきて面白い。

   村人おやじ(錦之助)と女房(孝太郎)と馬の孫太郎が平和に暮らしている所へ、お代官(翫雀)が、女房に懸想して見回りと称してしばしば訪れてくる。
   口説きに来たので、女房にからかってやれと言っておやじは隠れて聞いている。お代官の間抜け振りを肴に晩酌をしていると、子分(亀鶴)と庄屋(松之助)がやって来て、濡れ衣を着せておやじを逮捕する。
   お代官が、真夜中に夜這いに来るが、途中で川に落ちてずぶぬれになり、女房に鍬でぶたれて卒倒して、おやじの家で寝込む。
   逃げて帰って来たおやじが、子分が乾した赤い陣羽織を見てショックを受けるが、腹いせに、脱いであったお代官の衣服に着替えて、逆に代官所に行って奥方(吉弥)を手篭めにしようと出かける。
   陣羽織がなくなったので仕方なくおやじの着物を着たお代官が代官所に帰ってくるが、固く閉ざした門は開かない。
   いくら陣羽織を着ていてもおやじは田舎者でお代官の風格はなく、瓜二つの人相でも奥方に見破られて総て白状。奥方は、先刻委細承知で、門は開けられ、悲嘆にくれる女房の前におやじがあらわれて抱き合い、迎えに来た馬と一緒に帰って行く。残ったお代官はこっ酷くとっちめられる。

   他愛のない話だが、錦之助と孝太郎のほのぼのとした夫婦愛が実に良く、それに、田舎者の純朴そのもののキャラクター描写が秀逸である。馬が演技をしていて、舞台に溶け込んでいるのがほほえましい。
   二枚目の錦之助が、何とも冴えない田舎者のぶ男を熱演していて、どこかニヒルで不甲斐ないひもの牡丹燈籠の源次郎と対照的で面白い。
   絶世の美人と言う設定の女房だが、容姿と言うより性格美人の孝太郎だが、機転の利いた利発で可愛い女を上手く演じていて、滲み出る夫一途の思いが彼の芸の本領。

   翫雀のお代官の滑稽さ、おかしみは、既に、7月のニナガワ十二夜の舞台で馬鹿貴族・安藤英竹で証明済みで、このようなコミカルな演技は、実に堂に入っていて、流石に藤十郎の息子である。
   今度は、多少威厳を伴ったお代官さまだが、スマートでないずんぐりむっくりの体形が、狡猾で好色な権威者のワルをアイロニーと笑いに巻き込む効果十分で、どこか関西風の雰囲気が出ていて中々良い。

   お代官をコテンパンに懲らしめる奥方の吉弥だが、威厳と風格を備えた堂々とした演技は、コミック劇場を締め括るに相応しい名演である。
   子分の亀鶴、庄屋の松之助のコミカルで軽妙な演技も、リズミカルで面白い。
   木下順二の作品も素晴らしいが、福田善之の演出が冴えていて、実に見ごたえのある舞台を作り出していて、十月歌舞伎は、冒頭から面白い。
   
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