熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

紫禁城写真展・・・東京都写真美術館

2008年04月02日 | 展覧会・展示会
   明から清にかけて500年の間中国の都であった北京の王城・紫禁城の100年前の写真が、東京都写真美術館で一般公開されている。
   明治時代の日本人写真師小川一真氏がガラス乾板を使って撮影したオリジナル・プリントから厳選された79点で、当然モノクロだが、細密画のように全景が極めてシャープに写っていて、荒れ果てた王城の雑草一本一本までが見える感じである。
   義和団事件を鎮圧の為に世界8カ国の連合軍が入場した翌年の1901年と言うから、写真に写っている役人達は、まだ辮髪である。
   尤も、明の永楽帝が建設した頃の建物は崩壊していて、その後、清朝の頃に建設された建築物が現存しているのだが、丁度、場内で、韓国製作の紫禁城ドキュメントのビデオが放映されていて、中国の文化文明のスケールの大きさに感じ入って見ていた。
   
   
   会場入口の部屋に、小川氏と同じアングルから撮った中国人写真家候元超氏の100年後(2005年)のモノクロ写真が、対比されて20点ばかり展示されているが、殆ど変わっていないところと、大きく変わっているところなどがあって興味深い。
   大和殿内四天柱を抱え込む人物は一方は辮髪の男、他方は携帯を腰につけたイタリア人で時代の流れが面白い。

   私は、日中国交が回復してから、ぼつぼつ日本企業が、中国とのビジネスを考え始めた頃、1980年の春に、北京を訪れて一週間ほど滞在した。
   あの頃は、中国のホテル、特に外国人が泊まれるようなホテルが限られており、ホテルのキャパシティに応じて、入国ビザが発給されていたと聞く。
   その少ない高級ホテルの相当数の部屋が、外国企業の事務所としても使われていたので、更に、外国からの客が宿泊できる部屋数は限定されていた。
   それに、中国政府の役所も接客に向かないほど酷かったようで、役人達は、我々のホテルの部屋に来て交渉していたので、中国とのビジネスは外人用のホテルのキャパシティが決定していたと言っても過言ではなかったのかも知れない。

   我々は、このような中国政府のニーズにアプローチしたシンガポールの関係者の誘いで、ホテル等開発プロジェクト関係で北京政府と交渉に入ったのだが、とにかく、あの頃の中国は、自己利益は必死に擁護しようとするが、資本主義のビジネス・ルールなどの知識や経験は勿論、国際感覚は全く希薄で、宇宙人とネゴしている心地で、殆どかみ合わなかったのを覚えている。
   同じ人種オリジンの客家華僑のシンガポール人さえお手上げだったが、今、振り返ると、中国の急速な近代化と経済成長が夢のようで、今昔の感に堪えない。

   中国政府の役人との交渉の日程など先方任せで、何時突然ミーティングが持たれるか全く予測がつかず、北京に釘付けだったので、残念ながら万里の長城には行けなかったが、紫禁城など北京市内の観光地には、比較的楽に行くことが出来た。  
   当時、我々外人客でも華僑並みの扱いで、殆ど観光については制限はなかったように記憶しており、自由にあっちこっち出入り出来たし、紫禁城内など好きなように歩けて、今回の写真に写されている宮殿の建物の中も自由に見学した記憶がある。
   
   紫禁城の北側にある小高い丘・景山に上って見渡すと、さすがに紫禁城は壮大で、当時、高層ビルなど全くなかったので、周りを威圧するようなスケールの大きさに圧倒され、中国の王朝の凄さにビックリした。
   二日かかって、紫禁城のあっちこっちを歩き回ったが、とにかく、広大で、何処に紛れ込んだのか迷うくらいだったが、中国の素晴らしい文化に直接対峙している思いがして、感激ひとしきりであった。
      
   私の記憶では、小川氏の写真のように草が伸び放題と言った状態ではなかったが、写真と同じ様な過去の姿そのままの保存状態で、モノクロと実際に色彩のある原風景との違いはあるが、恐らく、それほど差はないのであろうと思う。
   Nikon F2で、写した多くの写真が、未整理の山済みの写真の中にあるのだが、比べて見るのも面白いと思っている。

   1924年に最後の皇帝溥儀が退出した後、1925年に、故宮博物院になっているので、中国の文化遺産や芸術作品を見られると思って楽しみにしていた。
   しかし、既に、蒋介石によって相当部分の作品が台湾に持ち去られていたので、その後の発掘や発見の作品が少々展示されている程度であったが、それでも、目を見張るほど凄い作品が残っていた。
   当時は、観光客も少なく、広い紫禁城を一人で歩いていると言う感じを何度も味わったが、貧しい姿の中国人が、展示ケースのガラス窓に顔を擦り付けて熱心に見ていたのを、思い出す。
   台北の故宮博物院に出かけて素晴らしい芸術作品を鑑賞したのは、それから、10年以上も経ってからだが、やはり、白髪三千丈の5000年の悠久の歴史を感じて、中国の凄さに圧倒される思いであった。

   そんなことどもを走馬灯を見ているように思い出しながら、「紫禁城写真展」を鑑賞させて貰った。
コメント (1)
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