熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

国立劇場:江戸宵闇妖鉤爪・・・江戸川乱歩「人間豹」の歌舞伎化

2008年11月15日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   国立劇場で江戸川乱歩の「人間豹」を、岩豪友樹子脚色、九代琴松(幸四郎)演出で、時代背景を明治から江戸に置き換えて、歌舞伎に衣替えして演じられている。
   高麗屋父子に春猿等が加わり、一寸ニュアンスが違うが、今様ホラータッチの鶴屋南北を彷彿とさせるような面白い舞台が展開されていて楽しめる。

   幸四郎の明智小五郎は、隠密回り同心で、何時もの持ち前のスタイルだが、
   色男の幕臣・神谷芳之助と殺人鬼・人間豹の恩田乱学の二役を演じる染五郎は、神谷の方はこれまでの歌舞伎の世界だが、半人半獣の人間豹の方は、忍者姿のフランケンシュタイン風の井手達で、美女を噛み殺し宙を舞うと言う活劇ものだから、正に新境地の開眼であり、その迫力とエネルギーの発露は注目に値する。
   この明智小五郎の幸四郎が、人間豹・恩田乱学の染五郎に戦いを挑み追い詰めるのだが、最後は、人間豹が、凧に乗って花道上空を宙乗りして消えて行く。江戸川乱歩の原作では、気球に乗って飛んで行くようだが、高所恐怖症の染五郎が歯を食いしばって、中空を舞いながら演技をしている。

   女形陣だが、両人とも人間豹に殺されるのだが、神谷芳之助の想い人である商家の娘・お甲と女役者お蘭、そして、明智小五郎の女房お文の3役を春猿が演じる。
   艶やかな美しさ、そして、性格の違う女の魅力を夫々に強弱・メリハリをつけながら器用に演じ分けて醸し出す芸の確かさは出色であり、高麗屋父子とがっぷり四つに組んで舞台に厚みと豊かさを加えている。
   人間豹を育てた老婆百御前の鐵之助のおどろおどろしさ、蛇女に変えられた娘お玉の高麗蔵のしみじみとした哀れさなど、脇役陣も実に上手い。
   
   この話は、人間と豹の半人半獣の登場人物そのものが既に奇想天外で、ミステリーと言うよりもホラーだが、精神性などある筈がなく、最初から最後までマトモな物語として見ていると足をすくわれるので、ある意味では、見世物を見て楽しむと言う楽しさに集中すると興味が倍加する。
   見世物小屋の設定で、檻の中で、人間豹たちに囚われて雌豹に変えられた明智の女房お文が黒豹の人間豹に襲われる劇中劇の面白さや、明智たちのピストルに追い詰められて目潰しの爆竹を打って舞台から消えたり、背中にピアノ線をつけて舞台をぴょんぴょん飛び跳ねて逃げたり、或いは、凧に乗って逃げて行くと言った染五郎の人間豹の演技など、見ごたえ十分で面白い。
   
   ところが、この歌舞伎だが、冒頭の江戸のしっとりとした待合宿の雰囲気から舞台設定も非常に工夫されていてムード十分であり、新内流しの情緒溢れる音曲などのバックも素晴らしく、新作であり、江戸川乱歩のミステリーを題材にしたとは思えないほどクラシックな舞台であり、歌舞伎として全く違和感がない。
   むしろ、舞台設定や舞台効果など、新しい技法や技術を取り入れている分、新鮮な魅力が付け加わって舞台芸術の楽しさを盛り上げており、幸四郎の演出の冴えは流石である。
   それに、染五郎を自由に泳がせて、その魅力を存分に引き出しており、幸四郎の染五郎への期待と芸への信頼感を感じさせてくれて清清しい。
   私にとっては、何よりも、実にしっとりとした情緒たっぷりの舞台が堪らなく魅力的であったし、この舞台を、たった正味2時間15分でやり果せたと言う岩豪友樹子氏の脚本の傑出振りも見逃せないと思う。

   ところで、江戸川乱歩であるが、アメリカの推理作家エドガー・アラン・ポーに憧れて推理小説を沢山書いているのだが、子供の頃、少年探偵団など読んだくらいで、私は、殆ど、その作品を知らない。
   私自身、推理小説には全く興味がないので仕方がないが、娘たちは、シャーロック・ホームズやアガサ・クリスティを好んで読んでおり、横溝正史の映画などにもつきあっているのだが、乱歩には縁がなかった。
   この乱歩の原作「人間豹」だが、ぱらぱらとページを捲っただけだが、どうも私の趣味ではないので止めた。
   しかし、他にも乱歩の「黒蜥蜴」等と言った、このような素晴らしい新作歌舞伎が生まれるのなら観て見たいと思っている。

(追記)写真は、日本芸術文化振興会のホームページより借用。
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