解散総選挙の報道が世界を駆け回っているが、大方の反応は、自民党の凋落と、民主党への政権交代の予想。
電子版で見たECONOMISTのバンヤンのコラム「End of the line for the LDP」だが、自民党は、もう既に、ずっと以前に凋落していて、問題は、自民党支配がまもなく終わりそうだと言うことではなく、一体全体、自民党が、よくもこれだけ長い間、上手く権力にしがみついて来られたなあと言うことであると言う辛らつな記事を書いている。
冒頭、同僚議員たちは、麻生総理が、解散30日総選挙をごり押ししたのは、野党民主党に地滑り的な勝利をセットしたようなもので、自民党の壊滅的屈辱的な敗北を齎すだけで許せないと言う書き出しで始まっているのだが、しかし、記事のサブタイトルは、「日本は、断末魔の自民党より、ずっと前に変わってしまっている」と言うもの。
日本が高度成長を謳歌して、皆がその分け前を享受でき、利権まみれであった時代が終わった時には、自民党の命運は尽きていた。世の中が大きく変わってしまったのに、変われなかったのは、自民党だけだったと言うのがバンヤン説である。
吉田茂と鳩山一郎が築き上げた自民党に、創立者の孫鳩山由紀夫が止めを刺そうとしているとしながら、戦後二人の首相が果たした日本の政治経済の軌跡を追いながら、戦後、アメリカの影響を受けて反共政策と経済復興政策を軸にして、寡占状態の経済界や官僚支配体制の構築によって、経済成長が実現したこと。
この継続的な経済成長が、政官財トライアングルによる経済運営、産業界への優先融資、国民の雇用の安定、中流生活の夢の実現と言った国民的合意を実現させたのだと言う。
しかし、自民党の拠って立つこの平衡状態も、オイルショックで崩れ去り、高度成長が揺らぎ始めて、この期をきっかけに、自民党の凋落が始まったと言うのである。
1970年代の危機が、腐敗と政争を巻き起こし、党内での派閥争いが激しくなるとともに、政治資金集めに奔走し、公共工事の地方への誘導が地方ボスと選挙民の掌握に直結すると言う政治構造が出来上がった。 いまだに、バンヤンが生き続けていると言う田中角栄的日本である。
その後、自民党は、1980年代には、公害や地域格差の縮小などかなり新政策を導入するなど試みたが、低迷を続けて、1993年に短期間政権を明け渡した。
21世紀に入って、小泉首相の登場で、息を吹き返したが、改革派と改革に反対する抵抗勢力との戦いが熾烈化し、
同時に、日本経済社会そのものが体力を疲弊させてしまい、雇用の安定も、社会保障の確保もままならなくなり、子供製造機だと言われた女性たちが息巻き食品の安全問題が世情を騒然とさせるなど社会不安が増幅する中、自民党は後手後手に回り統治能力を失って行った。
今や、自民党は、この見せ掛けの改革さえ、殆ど諦めてしまったと言うのである。
折角生まれた自民党の多くの小泉チルドレンたる近代的政治家(Modernisers)たちも、次の選挙では、地盤・看板・カネのある古参自民党議員に駆逐されて消えて行く。
自民党が、今尚過去の泥沼に足を取られていると言う事実こそが、今日の歴史的瞬間と真の改革を示している。
自民党は、長い間、ぼろぼろになっていた政治体制のかなめ石であった。
変革すると言うことは、このかなめ石を置き換えるとと言うことではなく、新しいアーチを苦痛を伴いながらも再建すると言うことなのである。
こんな言葉で、バンヤンは、このコラムを閉じている。
巷で言われているように、麻生首相が悪いので、選挙に勝てないから麻生下ろしをすると言う自民党の体たらくを問題にしているのではなく、無能な総裁を立て続けに擁立しながら政権を維持しなければならなかった自民党そのものが、何十年も前に、既に賞味期限が切れていて、たまたま、今回のあまりにもお粗末極まりない一連の不祥事・政治的失敗の数々が引き金となり、国民が引導を渡さざるを得なくなったと言うことなのである。
私自身は、経済成長街道を驀進し、アメリカを震撼させ、一時は、世界一の一等国日本に到達する寸前まで行きながら、失速して20年近い経済的停滞を引き起こし、先進国でも最も遅れを取った普通以下の国になってしまったこの現実を、バンヤンは自民党の不毛な政治支配と重ね合わせながら論じており、自民党だけの問題かは別にして、非常に適切な指摘だと思っている。
私自身が、1970年代にアメリカに学び、その後、ベルリンの壁が崩壊して冷戦が終わり、インターネットが世界中をフラット化し始めた時代まで、ヨーロッパなど外国各地で辛苦を舐めながら奮闘していたので、日本の地獄も天国も見ているつもりなので、一層肝に銘じてそう思っている。
バンヤンが言う如く、今回の選挙で、たとえ民主党が勝利しても、かなめ石のすげ替えではなく、今や、戦後、日本は、最大の危機であり曲がり角に直面しているのであるから、新しいアーチ、新しいトーチを打ち立てて新生日本を目指してくれることを期待している。
(追記)口絵は、エコノミストから借用。
電子版で見たECONOMISTのバンヤンのコラム「End of the line for the LDP」だが、自民党は、もう既に、ずっと以前に凋落していて、問題は、自民党支配がまもなく終わりそうだと言うことではなく、一体全体、自民党が、よくもこれだけ長い間、上手く権力にしがみついて来られたなあと言うことであると言う辛らつな記事を書いている。
冒頭、同僚議員たちは、麻生総理が、解散30日総選挙をごり押ししたのは、野党民主党に地滑り的な勝利をセットしたようなもので、自民党の壊滅的屈辱的な敗北を齎すだけで許せないと言う書き出しで始まっているのだが、しかし、記事のサブタイトルは、「日本は、断末魔の自民党より、ずっと前に変わってしまっている」と言うもの。
日本が高度成長を謳歌して、皆がその分け前を享受でき、利権まみれであった時代が終わった時には、自民党の命運は尽きていた。世の中が大きく変わってしまったのに、変われなかったのは、自民党だけだったと言うのがバンヤン説である。
吉田茂と鳩山一郎が築き上げた自民党に、創立者の孫鳩山由紀夫が止めを刺そうとしているとしながら、戦後二人の首相が果たした日本の政治経済の軌跡を追いながら、戦後、アメリカの影響を受けて反共政策と経済復興政策を軸にして、寡占状態の経済界や官僚支配体制の構築によって、経済成長が実現したこと。
この継続的な経済成長が、政官財トライアングルによる経済運営、産業界への優先融資、国民の雇用の安定、中流生活の夢の実現と言った国民的合意を実現させたのだと言う。
しかし、自民党の拠って立つこの平衡状態も、オイルショックで崩れ去り、高度成長が揺らぎ始めて、この期をきっかけに、自民党の凋落が始まったと言うのである。
1970年代の危機が、腐敗と政争を巻き起こし、党内での派閥争いが激しくなるとともに、政治資金集めに奔走し、公共工事の地方への誘導が地方ボスと選挙民の掌握に直結すると言う政治構造が出来上がった。 いまだに、バンヤンが生き続けていると言う田中角栄的日本である。
その後、自民党は、1980年代には、公害や地域格差の縮小などかなり新政策を導入するなど試みたが、低迷を続けて、1993年に短期間政権を明け渡した。
21世紀に入って、小泉首相の登場で、息を吹き返したが、改革派と改革に反対する抵抗勢力との戦いが熾烈化し、
同時に、日本経済社会そのものが体力を疲弊させてしまい、雇用の安定も、社会保障の確保もままならなくなり、子供製造機だと言われた女性たちが息巻き食品の安全問題が世情を騒然とさせるなど社会不安が増幅する中、自民党は後手後手に回り統治能力を失って行った。
今や、自民党は、この見せ掛けの改革さえ、殆ど諦めてしまったと言うのである。
折角生まれた自民党の多くの小泉チルドレンたる近代的政治家(Modernisers)たちも、次の選挙では、地盤・看板・カネのある古参自民党議員に駆逐されて消えて行く。
自民党が、今尚過去の泥沼に足を取られていると言う事実こそが、今日の歴史的瞬間と真の改革を示している。
自民党は、長い間、ぼろぼろになっていた政治体制のかなめ石であった。
変革すると言うことは、このかなめ石を置き換えるとと言うことではなく、新しいアーチを苦痛を伴いながらも再建すると言うことなのである。
こんな言葉で、バンヤンは、このコラムを閉じている。
巷で言われているように、麻生首相が悪いので、選挙に勝てないから麻生下ろしをすると言う自民党の体たらくを問題にしているのではなく、無能な総裁を立て続けに擁立しながら政権を維持しなければならなかった自民党そのものが、何十年も前に、既に賞味期限が切れていて、たまたま、今回のあまりにもお粗末極まりない一連の不祥事・政治的失敗の数々が引き金となり、国民が引導を渡さざるを得なくなったと言うことなのである。
私自身は、経済成長街道を驀進し、アメリカを震撼させ、一時は、世界一の一等国日本に到達する寸前まで行きながら、失速して20年近い経済的停滞を引き起こし、先進国でも最も遅れを取った普通以下の国になってしまったこの現実を、バンヤンは自民党の不毛な政治支配と重ね合わせながら論じており、自民党だけの問題かは別にして、非常に適切な指摘だと思っている。
私自身が、1970年代にアメリカに学び、その後、ベルリンの壁が崩壊して冷戦が終わり、インターネットが世界中をフラット化し始めた時代まで、ヨーロッパなど外国各地で辛苦を舐めながら奮闘していたので、日本の地獄も天国も見ているつもりなので、一層肝に銘じてそう思っている。
バンヤンが言う如く、今回の選挙で、たとえ民主党が勝利しても、かなめ石のすげ替えではなく、今や、戦後、日本は、最大の危機であり曲がり角に直面しているのであるから、新しいアーチ、新しいトーチを打ち立てて新生日本を目指してくれることを期待している。
(追記)口絵は、エコノミストから借用。