熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

パンカジ・ゲマワット著「コークの味は国ごとに違うべきか」・・・グローバル戦略の再定義を

2009年07月03日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   世界はフラット化したとフリードマンが宣言してから既に久しく、ICT革命の恩恵を受けて、時空を超えて、瞬時にグローバル・ベースで、ビジネスが展開されていると言うのが今日の常識となってしまっている。
   ところが、現実の世界は、特に、ビジネスの世界では、決してフラットではない、と説く専門書が、今、書店の店頭に登場して、一寸、話題をまいている。
   そのひとつが、バンカジ・ゲマワットの「コークの味は国ごとに違うべきか REDEFINING GLOBAL STRATEGY」であり、もうひとつが、デビッド・スミックの「世界はカーブしている THE WORLD IS CURVED」である。
   今回は、まず、前者をベースに、世界のフラット化の現状について考えてみたいと思う。

   著者のゲマワットは、ハーバードで学位を得た後、マイケル・ポーターの誘いで、ハーバード・ビジネススクール(HBS)の教員となり、最年少でHBSの教授になった俊英で、10年に及ぶ膨大なグローバル企業の経営戦略を具に調査研究して著したのが、この著書であるから、筋金入りのグローバル経営学のテキストである。
   この間、グローバリゼーションやグローバル戦略について研究を重ねるにつれて、企業のフラット化・画一化と言うよりも、差異に対する感覚の方が鋭敏さを加えてきたと言うのである。

   著者は、海外直接投資のフローが世界の固定資本形成に占める割合を手始めに、色々な視点から国際化のデータを調査して、国際化・グローバル化の進展が10%前後ないしそれ以下に過ぎないことを検証して、グローバリゼーションはまだ道半ばであるとして、「セミ・グローバリゼーション」と捉えて議論を展開している。
   この書物の目的は、グローバル・ビジネスに対する企業戦略論であるから、この視点に立って、市場の規模やボーダーレスな世界の錯覚に惑わされずに、国境をうまく越えたいと思うのなら、経営者は、戦略の策定や評価に当たって、国ごとに根強く残る差異を真剣に受け取るべきだとして、国境を越えるための洞察力やツールを提供すべく、その戦略論を説いている。

   世界を理想化された単一の市場として見るのではなく、国ごとの差異に着目して、企業のグローバル戦略を説いているのだが、そのような観点から、グローバル企業、多国籍企業と言った国境を越えた企業の成功や失敗を見ると、見えなかった戦略の功罪が浮き彫りになってくるから面白い。
   たとえば、ウォルマートやカルフールが日本市場に馴染めず苦労したのも、日本の家電メーカーなどが、新興国や発展途上国への参入で苦心惨憺しているのも、文化文明、発展段階、国民性などの差異を戦略に上手く取り込めなかった結果と言うことであろうか。
   
   世界はフラット化したと言うグローバリゼーション津波論の台頭で、国際的な標準化と規模の拡大を重視しすぎた、国際統合が完成した市場を想定した行き過ぎた企業戦略論が、幅を利かせ始めていることに対して、国ごとの類似性と同時に、差異が如何に企業戦略の可否に大きな影響を与えているかを示しながら、
   セミ・グローバリゼーションの現実においては、少なくとも、短・中期的には、国ごとの類似点と差異の両方を考慮した戦略こそが、より効果的なクロスボーダー戦略だと説くのである。

   日本語版の表題の、コークの味は国ごとに違うべきかと言うのが面白いが、著者は、コカ・コーラのグローバル戦略について、その成否を、かなり丁寧に追っている。
   1886年創業だから、短命な筈のアメリカでは極めて歴史のある名門と言うことになるが、米軍用のソフトドリンク御用達の余波をかって実質的に世界制覇(?)、しかし、コカ・コーラは地球相続を運命づけられていると豪語して「コカコロニー化」と揶揄された20世紀中期の全盛期には、その企業戦略は、「マルチローカル」で、海外業務は現地企業に概ね任されて独立経営であったと言う。

   ところが、1981年に、R.ゴイズエタCEOが、どの国も同じようなものだとして類似性の追及に転進し、海外の成長、規模の経済、高い普及率、中央集権化、標準化を強調したグローバル戦略を確立し、権力と経営の中枢をアトランタに結集した。
   ところが、この戦略が裏目に出て、ローカルの「感応度」を無視した需要の急減、海外政府(特にヨーロッパ)の規制対応の遅れ、現地工場との軋轢・関係悪化などで業績は急降下。
   起死回生を目指したD.ダフトCEOが、グローバルな舞台で成功するには戦略的な意思決定を現地のトップに委ねるのがベストと、「ローカルに考え、ローカルに行動」と、意思決定の権限を現地に委譲する目的で大掛かりな組織変更を行った。
   しかし、この極端な企業戦略の変更も、現地トップやスタッフの能力不足や準備遅れ等で、規模の経済の享受どころか、品質の劣化を招くなど、様々な試みを行うが、売り上げの伸びは鈍化し続けた。

   現在、これらの急激な方向転換の弊害を是正すべく、イエデスCEOは、ゴイズエタなどの極端な中央集権化・標準化と、ダフトの極端な権力分散と現地化の妥協の産物ではなく、先の極端な現地化を修正して本社機能を再構築し、海外で有利に競争できるような、より優れた戦略を構築して邁進中だと言う。

   最も興味深い戦略の一つは、規模の経済と、一握りの売れ筋の販売に注力するのは止めて、イノベーション、特に炭酸飲料以外のドリンクに注力すると言う戦略(脱コカ・コーラ?)である。
   これは、日本コカ・コーラの独自の自社製品を開発する能力が、より多くの小さな独自ブランドを生み出して快進撃を続けている実績が評価されたのであろうが、TVコマーシャルでも自動販売機でも「ジョージア」が首座を占めているようだし、とにかく、どんどん新しい商品が開発されて、何が本命か分らないような「総合飲料会社」になっている。
   貧しいヤンキーが、ウイスキーを水で割って飲んでいた水割りや、米兵が飲んでいたコカ・コーラに憧れていた戦後は、もう、歴史のはるか彼方に行ってしまった。
   
   偉大な世界に冠たるグローバル企業コカ・コーラでさえ、国々の差異、セミ・グローバリゼーションの現実を直視して企業戦略を打たざるを得ないのであるから、況や、他のグローバル企業も当然であると言わんばかりに、ゲマワット教授は、沢山のグローバル企業の海外戦略を俎上に上げて、フラットでない現実を説き続ける。
   しかし、この本は、あくまで、戦略書なので、国々の差異を、文化的、制度的/政治的、地理的、経済的の4分野に分けて分析し、
   販売量の向上、コストの削減、差別化、業界の魅力の向上、リスクの平準化、知識の創造と応用と要った6つの構成要素に分解して、如何に、グローバル市場において、価値創造を行うべきか、克明に、その戦略を説いている。
   「グローバル戦略の再定義」と言うタイトルどおりの高度な経営戦略書なのである。
コメント
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