熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2017 を垣間見て

2017年11月10日 | 経営・ビジネス
   NECの、C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2017 が、東京フォーラムで開催されて、2日目に参加した。

   私が聴講したのは、10日午後の次の二つのセッションであった

   活用で考える、これからの日本のあり方
   ~社会課題解決型AIのデータ解析の事例から~

   東大坂田一郎教授
   京大柴田悠准教授
   NHK阿部博史ディレクター
   草野満代 氏

   NEC未来創造会議

   ニューヨーク市大ミチオ・カク教授 
   「WIRED」誌 ケヴィン・ ケリー創刊編集長
   東大松尾 豊准教授 
   将棋棋士羽生善治氏
   慈眼寺住職 塩沼亮潤 大阿闍梨
   評論家 荻上チキ氏
   ロフトワーク林 千晶代表取締役
   NEC江村克己CTO


   NHKスペシャルの新シリーズ 7月22日に放映したと言う『AIに聞いてみた どうすんのよ!?ニッポン』を題材にして、AIを活用して実際社会を分析、
   その経緯なり、プロジェクトの成り立ちが興味深かった。

   メモを取っていないので、
   NHKの説明を引用すると、
   人間がどうにもできない社会問題。解決の一手をAI(人工知能)に聞いてみた。
課題山積の閉塞した状況を打破するため、NHKは世界にも例を見ない「社会問題解決型AI」を開発した。AIが学習したのは、経産省や総務省の公の統計から、「ラブホテル」の数や「ラーメン店舗数」といった身近なデータ、さらには20代から80代までの個人を10年以上追跡調査している大学のデータなど700万を超えるデータ。それをAIの得意技である“ディープラーニング”や“機械学習”、そして“パターン認識”を駆使することで、日本社会の知られざる姿を明らかにした。見えてきたのは、思いもよらないデータどうしが連動し、日本を動かしていたという事実。そこから読み解かれたのは、社会への奇抜な提言だった!

   今回、この講演で話題にされたテーマは、次の2点、
   健康になりたければ病院を減らせ
   40代ひとり暮らしが日本を滅ぼす

   病院を減らせについては、財政が破綻した夕張を例にして、病院が減少して、住民たちは自己防衛のために健康管理に注意した結果、病気が減ったと言うケースで、バナナを食べることが増えたと言う因果関係(?)についてもレポート。
   40代の独身は、249万人、人口の2%、に過ぎないのだが、
   空き家が増えて、出生率がダウン、・・・とにかく、良いことが少ないと言う。

   非常に示唆に富んだデータや論考が出てきて、社会問題の解決のヒントになるのみならず、“失われた20年”の社会の閉塞感を打ち破るためにも、恰好のデータが集められるというのだが、誰かの提言や示唆だと言うと角が立つのだが、人知の集大成「神の声」だと言うニュアンスで受け止めればよいと言うことであろう。

   これも、ディスプレイされたのだが、メモが取れなかったので、NHK記事を借用すると、
   日本未来を変える鍵 TOP100の上位は、

   1位 核家族世帯数 
   2位 40代ひとり暮らし率
   3位 病院数
   4位 女子中学生 肥満指数(平均的生徒)
   5位 平均婚姻年齢(初婚男性)
   6位 自動車保有数
   7位 "できちゃった婚”率
   8位 平均寿命(男性)
   9位 老衰死亡者数
   10位 婚姻件数
   11位 国民医療費(一人あたり)
   12位 60代以上ひとり暮らし率

   なるほどと思えるものもあるのだが、これ何?と言うのもあって面白いのだが、注意を喚起するのには良いが、真面目に対応しておれば、果てしなく切りがない。
   いずれにしろ、ビッグデータを駆使したAIの世界の一端であって、興味深いと思うのだが、そのデータをどう受け止めるのか、処理が難しいであろうと思う。

   「NEC未来創造会議」は、
   国内外の有識者が集い、今後の技術の発展を踏まえながら「実現すべき未来像」と「解決すべき課題」、そして「その解決方法」を構想する活動で、本講演では、年間を通して実施してきた、NEC未来創造会議の活動報告を始めて公の場で公開する。と言う事であった。

   ミチオ・カク教授とケヴィン・ケリー編集長が、AIやIOTの世界の未来の動向について、基調講演を行った。
   私にとっては、これまで、関係本を読み続けており、あっちこっちで得た知識や情報の域を出ていなかったので、特に、参考になるようなことはなかった。
   未来予測については、当たるも八卦当たらぬも八卦と言うと語弊があるが、あくまで、参考だと思っている。
   ナシム・タレブではないが、ブラック・スワンの世界である。
   とにかく、異分野もよいところで、各界の超一流の識者が集まっての思いを吐露した発言であったので、非常に興味深かった。

   iEXPO2017の展示会場は、講演の合間に見ただけなので、十分ではないが、
   AIが名作文学の読後感を珈琲の味わいで再現と言う「飲める文庫」に足を止めた。
   AIと珈琲のプロがコラボしブレンドコーヒーを開発
   と言うわけで、私は、森鴎外の「歌姫」を貰って帰った。
   コーヒー豆:ブラジル、グァテマラ、東ティモール
   ロースト:フレンチロースト と言うことである。

   面白い発想だが、このコーヒーが、好まれるかどうかは別問題かも知れないけれど、マドンナを感動させられるのは、どのような小説の珈琲が良いのか興味のあるところである。
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わが庭・・・椿・久寿玉が咲き始める

2017年11月08日 | わが庭の歳時記
   寒くなり始めると、山茶花が花盛りだが、春の花の椿は、ぼつぼつ、ちらほら咲き出したところである。
   昨年咲かなかった久寿玉が、急に、蕾が膨らんだかと思ったら、花を開いた。

   淡いピンク地に、紅色の吹掛絞の入った八重椿で、牡丹咲で、非常に優雅である。
   正に、Rose of winter 言い得て妙である。
   西王母や加茂本阿弥に似た丸い蕾をつけるので、茶花に良いと思うのだが、シンプルを旨とするので、ぶちのガラが邪魔になるのかも知れない。
   

   Camellia japonicaは、フィリピンの植物学者で、モラビア人の宣教師ジョージ・ジョセフ・カメル(Georg Joseph Kamel)から名を取り、ラテン語にKがないのでCに変えて、リンネが命名したという。
   ダイアナ・ウェルズは「花の名物語100」で、カメルは、椿とは何の関りもなかったと言っているが、ウィキペディアでは、カメルは椿を記述していたと書いてある。
   日本の原産として有名だが、Camellias are famous throughout East Asia; they are known as cháhuā (茶花, 'tea flower') in Chinese, tsubaki (椿) in Japanese, dongbaek-kkot (동백꽃) in Korean, and as hoa trà or hoa chè in Vietnamese.と言うことで、アジア各地に広がっていて、Camelliaの種類は、結構多く、交配によって園芸種がどんどん生まれているので、数知れない程である。
   私など、洋椿を結構植えているのだが、先祖返りしたり一部の遺伝子が強調されたりして、花の色や形が変わって咲くことが多いので、面白いことがある。

   鎮守の森や鬱蒼とした森林などに、見上げるような大木の椿が植わっていて、白い筒型の蕊の先に黄色い花粉をつけた真っ赤な落ち椿を見て、椿を感じることがあるのだが、これらは殆ど、典型的なヤブツバキで、子供頃の椿の印象は、すべて、この椿であった。
   ラッパ型の花弁の後ろから蜜を吸うと甘かったのも、あの頃の懐かしい思い出である。

   ところが、園芸品種の椿を栽培し始めると、苗木が小さくて、咲く花の数も少ないので、花の一輪一輪を注意して見るので、椿が、非常に美しい花であることがよく分かる。
   この久寿玉も、蕊が複雑に入り組んでいて、どれが雄蕊で雌蕊か分からないのだが、殆ど種の取れない椿もあって、これは、自然交配で、種無しスイカが、生まれるようなものであろうかと思っている。
   昨年、殆ど実をつけない式部とタマグリッターズが種をつけたので、その種を蒔いたら芽が出たので、どんな新種が生まれるか、何年先か分からないのだが、楽しみに育てたいと思っている。 

   ファインダーを覗き見ながら、フォーカスに浮かび上がる花弁の優雅さ美しさに、いつも、深い感動を覚えながら、シャッターを切っている。
  ガーデニングを楽しみながら、その造形の素晴らしをフリーズする喜び、椿は、私に、二重の喜びを与えてくれているのである。
   
   
   
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伊藤元重著「日本経済を「見通す」力」

2017年11月07日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   2年前の出版なので、この種類の本は、賞味期限は切れているのだが、安倍政権半ばの頃の経済状況にも多少興味があり、慶応MCCの講座本でもあるので、読んでみた。
   伊藤教授については、御用学者だとか安倍政権寄りだとか、結構、批判されているが、そんなことは、経済学講義にとっては子細なことで、何をどのように説いているか、経済学に対する教授の姿勢なり知見を理解できれば良いのである。
   私自身は、教授の講演を聞いたり書籍も結構読んでいるが、最新の経済学や経済の動向については、教えられることも多く、少なくとも、日本経済の分析に関しては、主張は兎も角として、これだけ、幅広く豊かに分かり易く解説できる経済学者は少ないと思っている。

   さて、伊藤教授のこの本での見解は、常識的で殆ど既知であり、私が知らなかったのは、リカードの比較優位論のところで説かれていた、国内の同じ産業内の資源の再配分が調整されて、その産業がより強くなる可能性があると言うメリッツ効果であった。
   ハーバードのマーク・メリッツ教授が提唱したと言う
   同じ産業の中で、競争力のある企業(生産者)と競争力のない企業が共存している。貿易自由化や規制緩和は、こうした産業内の調整(淘汰と再編)を促すことで大きな経済効果をもたらし得る。と言う理論である。
   リカードの比較優位説では、ワイン産業ならワイン産業、農業なら農業なのだが、メリッツ理論では、例えば、日本の農業も、自由化すれば農業全体がダメッジを受けると言うことではなく、イノベイティブで競争力のある農家に活路を与え、生産性の低い農家を脱落させれば、日本の農家は自由化によって競争力のある農業に生まれ変わる可能性が出るのである。
   NAFTAで、どうせ勝ち目のないカナダのワインメーカーが、甘い上質なアイスワインを生産して、カリフォルニアワインと互角に渡り合ったと言うのがこのメリッツ効果の例であるが、要するに、農業は農業、医療は医療と言う産業ベースで、日本人が、TPP交渉に当たったと言うこと自体が問題であったと言うことである。

   これに関連して、日本産業の再興論でも同じ理論が成り立つ。
   伊藤教授は、スマイルカーブを説いた後で、日本の中流部門を占めているメーカーの業績の悪化や苦境の解決法、生き残り戦略は、企業の数を集約する以外にないと言う。
   「百貨店の未来」で、百貨店の統合再編を予言したと言うが、10以上も自動車メーカーがあり、カラーテレビのメーカーも多いが、これ程必要はなく、マーケットが2割縮小しても、仮に企業の数が6割になると、残った企業は、平均で2割売り上げが増える。と言う。
   尤も、企業の数を減らすと言う単純なことではなく、この産業構造を革新して高度化すると言うことでなければならないのは当然である。

   日本企業は、Japan as No.1時代の大量生産・大量消費のマスマーケティングの呪縛から抜け出せず、すべての関連製品を漏れなく幅広く生産販売する総合的な企業戦略を取っており、その業態がいまだに解消されずに続いていて、専門化や特化戦略を追求できずに、かつ、グローバル化、技術革新、少子高齢化ないし成熟化と言った時代の潮流に乗れずに呻吟している。
   しかし、この苦境から脱出するためには、スマイルカーブの一番厳しい中流のところでは、壮絶な調整が必須であり、これを乗り切れなければ、明日はない。
   別な意味でのメリッツ効果、すなわち、競争力のある革新的な企業を生かして、ゾンビ企業など時代遅れの生産性の低い企業の淘汰を図ってその産業を活性化する以外に道はないのである。

   世間を騒がせた競争力の落ちた東芝や神戸製鋼の経営破綻の一端の原因は、このあたりの日本の製造業の経営の在り方に問題があったような気がしている。
   日産や東洋ゴムの不祥事なども、惰性に流れた経営の蛸壺化や制度疲労など隘路をクリア出来なかったのであろう。
   激動渦巻く経営環境の大変化にキャッチアップ出来ずに、益々窮地に堕ち込んで行く企業の喘ぎが、世界に冠たる工業立国日本の悲劇を象徴しているような気がする。
   尤も、今日、多くの日本の製造業が、体力が回復して増益基調に転換したのは、非常に明るい兆候で、成長戦略を展開して攻撃に転じる時期が間近いことを期待したいと思う。

   ユニクロの成功は、正に、ビジネスモデルの成功によるものであったが、日本の歴史と伝統のある多くの企業は、主に、レッドオーシャン市場に固守して、古い経営戦略と企業体質、同じような製造販売の編成やセグメンテーションから脱皮することが出来なかった。
   例えば、百貨店は、ICT革命によって新しいビジネスモデルで生まれた新興アマゾンや楽天に勝つすべもなく衰退の一途を辿り、GMの様にビジネスモデルの変換をなし得ない多くの日本のトップ製造業は、成長から見放されて苦境をかこっている。
   競争力をなくした企業を淘汰せずに、合併・統合・再編を繰り返して企業数を減らすだけでは、国際競争力に伍しては行けないのは必然であろう。

   伊藤教授の講座は、社会人を相手にしてのものだが、どうすれば、産業構造の変化や企業の再編が可能かと言った問題に、踏み込もうとしているのだが、日本の企業の戦略なり経営手法を問題にするのなら、これは、経営学の領域であり、どうしても議論に無理がある。
   随所に、イノベーションと言う言葉が出てくるのだが、シュンペーターならいざ知らず、マクロ的な経済論では、突っ込み不足で、宙に浮いてしまっている。
   しかし、アベノミクスの第三の矢成長戦略については、すべからく、シュンペーターの創造的破壊による成長戦略でなければならないと思っているので、経営学には多くのイノベーション論なり成長戦略論があるが、暴論ながら、基本的にはドラッカーの世界である。
   伊藤教授は、成長戦略はサプライサイドに働きかける政策だが、アベノミクスの第三の矢は、デマンドサイドを加味した成長戦略だと言っている。
   いずれにしろ、サプライサイド、デマンドサイド相まっての経済成長であるのだが、本格的なサプライサイドをフル回転させる成長戦略には、日本の経済構造そのものの大変革と経済政策の大転換が必要であろうと思う。
   少し、端緒につきかけた小泉竹中内閣の経済政策が国民の抵抗を惹起したように、日本社会では、中々難しい戦略であるような気がする。
   それに、もっと保守的な安倍政権が、更に革新的かつ創造的な成長戦略に踏み込めるかは疑問であり、伊藤教授の論述でさえ腰が引けているのも、当然かもしれない。
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わが庭・・・秋の気配、枯れ葉の思い出里の秋

2017年11月06日 | わが庭の歳時記
   秋と言えば、私にとって懐かしいのは、やはり、子供の頃の宝塚の田舎での思い出である。
   宝塚と言っても、宝塚歌劇の大劇場のある山際の動物園などのあった観光地の方ではなく、もう少し南に下って、尼崎に近い方には、田園地帯が広がっていた。
   原田泰司の絵の世界で、やはり、里が美しいのは、赤や黄色の暖色に染まった収穫の秋で、落葉樹が散り始めると、気の遠くなるような冬が足音を忍ばせて迫ってくる、この静寂への予感。
   今では、高速道路が走っていて、びっしりと建物が建て込んだ繁華な住宅街になってしまって、季節の変化など昔の面影が全くなくなっている。
   この西鎌倉山の住宅地では、枯れ葉を寸暇を惜しんで掃き集めて、道路を綺麗にするのだが、落ち葉がうずたかく積もって、寒風に舞っていた里の秋が懐かしい。
   悪ガキどもが集まって、今の様に、美味しくて立派なものではなかったが、焚火に、サツマイモをほり込んで、食べるのが楽しみであった。
   刈り入れの終わった田圃でくんずほぐれつ、夕焼け空に染まる雁の鉤飛行を見上げながら、家路につく日々、宿題などしたことがなかった子供時代。
   何故か、真っ赤に燃える紅葉や、渋柿の渋かったことなど、強烈に覚えている。

   一面、田畑や林などが広がった農村地帯で、小さな集落が、とびとびにあって、夫々に、鎮守の森も小さなお寺もあって昔の典型的な里の風景が展開されていた。
   勿論、盆踊りもあれば、秋の村祭りもあり、時には、田舎周りの芝居小屋が立ち国定忠治が演じられ、村の大通りで、鞍馬天狗の映画が上映されることもあり、小さな密着したコミュニティが、営まられていたのである。
   近所の農家から出荷されてきたトマトの品評会があって、検査官が、トマトの箱に、秀、優、可などと言ったハンコを、パンパン押して回るのを見て、商売の一端を垣間見た思いで、面白かった。

   小学生の頃までしかいなかったので間違いないが、今と違って、子供たちが、拍子木を打って夜回りしていて、地蔵堂の後ろから飛び出して、お化けだと言って騒いでいたのなどを覚えている。
   夏には涼しくて良いが、冬の寒さは大変であったが、村の伝統で、子供の夜回りなど、今では、警察が許さないであろうが、平和な時代だったのである。

   さて、そんな田舎の秋を思い出させてくれ木々の変化、
   私の庭にも、残っていて、あの懐かしい雰囲気を醸し出している。

   アメリカハナミズキやクロガネモチなどの赤い実。
   柿やキウイ、ミカン。
   それに、柿やブルーベリーの紅葉。
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
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わが庭・・・今頃咲き出した西洋アサガオ

2017年11月05日 | わが庭の歳時記
   先の台風に煽られて葉が無茶苦茶になって、諦めていた西洋アサガオのヘブンリーブルーが、咲き始めた。
   タキイの種を植えたのだが、もう少し、濃い鮮やかなブルーだと思っていたので、少し、印象が違う。
   日本の朝顔より、かなり、開花時期が遅いことは知っていたが、千葉の庭に植えていた時には、もう少し早かった。
   もう既に、11月なのである。
   

   ヨーロッパに居た時には、同じ朝顔が咲いているのだろうと見過ごしていたのだが、日本に帰ってきてから、西洋アサガオと言うのに惹かれて植えてみたら、全く違うのである。
   日本の朝顔の花は、一箇所から1輪だけしか咲かないのだが、西洋アサガオは、一箇所から5〜6輪の蕾がついて、順に花が咲くのである。
   花そのものは、日本の朝顔と殆ど違わない。

   面白いのは、幼い苗の時は、細くてヒョロヒョロで、これで育つのかと思う程か弱いのだが、まともに生育するとしっかりとした蔦状になって、5~6メートルはゆうに超して、庭木に這い上がって咲き続ける。
   南米原産のようだが、ジャガイモやトマトのように、強健なのであろう。
   
   

   もう一つ、元気に咲いているのは、ツワブキ。
   ツワブキは、艶葉蕗(つやはぶき)から来たと言うことだが、確かに、葉が艶々した蕗と言うところである。
   私の庭のツワブキは、大半、黄色い斑入りなので、下草でも、華やかで良い。
   
   
   

   今、ばらのシーズンだが、今年は、1歳の孫娘の庭歩きの邪魔になると思って、殆ど鉢植えであったので、裏庭の日当たりの悪いところに移動したために、花付きが悪くて貧弱で、残念ながら、写真にはならない。
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秋の気配、美しい秋の風景に思う

2017年11月04日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   関東に来てから、何故だか分からないのだが、秋の風情を十分に感じたことがないような気がする。
   まず、行くべきところへ行っていない所為もあろうが、関西で鑑賞していたような真っ赤に萌えたった、あるいは、極彩色に輝く紅葉の美しさを見たことがないのである。
   鎌倉に来てからも、4回目の秋を迎えるのだが、それなりに綺麗な紅葉の風景に接しても、どこか、雰囲気が違っている。

   尤も、全く春秋の風景が美しくないのかと言うと、佐倉に住んでいた時に、佐倉城址公園や近くの公園に行って、随分、季節の移り変わりの美しさを感じて、かなり、綺麗な雰囲気のある写真を撮って楽しんできた。
   それでも、昔、宝塚の田舎で見た本当の童謡の世界のような里の秋そのものの懐かしい秋や、学生時代に平家物語や源氏物語の世界を味わいたくて京都や奈良を歩き回った時に感じた、目くるめくような秋色に感動し没頭した思い出は蘇ってはこない。
   赤とんぼは、本当に真っ赤であったし、もみじに萌える山や森の極彩色の錦は、錦絵以上にビビッドで美しかった。

   この頃、こんな思いは、自分自身で作り上げた心象風景ではないかと思うこともある。
   しかし、この十年くらいの経験での印象でも、やはり、京都や宇治、奈良などの秋や春の美しさの方が勝っているように思う。
   実際に行ってみて、偶々、シーズンに遭遇したとは言え、平等院や宇治川河畔の紅葉の美しさや醍醐寺三宝院の桜の途轍もなく華やかな雰囲気などは、やはり、感動そのものであった。

   この頃、能を楽しみ始めて感じたのだが、関西の風物に印象付けられるのは、歌枕であったり、日本の古典文学の舞台になっている場合が多くて、物語と同化しながら、私自身の心象風景を増幅しているのではないかと思っている。
   私が住んでいた阪神間のあっちこっちが、能の詞章に随分出てくるし、それに、よく知っている京都や奈良となると、頻繁に出てくる。
   そして、感受性の強い若い頃の思い出であるし、何十年も前には、今の様に脇目をふるようなことも少なかったし、とにかく、自然の移り変わりや、その美しさに感動できたのであろう。

   一寸、日本とは違った欧米の秋の風景は、私には、黄色一色に染まった黄金色の森林の風景である。
   これは、アメリカでも、オランダでも、フランスでも、イギリスでも、感じたのだが、秋色深い森の中を走っていると、真っ黄色のトンネルを潜っているようで、美しかった。
   何故か、欧米では、日本の紅葉の様に赤く燃える赤系統の落葉樹が少なくて、ノスタルジアを感じたのだが、唯一、思い出に残っているのは、ジュネーブ湖畔を走っていた時にブドウ畑であったであろうかあずき色の勝った暖色の風景を見たのを思い出す。
   カナダのメープルは、朱色の世界を現出するようだが、まだ、その秋の風景を見たことがないのだが、フィラデルフィアでは気づかなかった。

   高峰秀子さんの「優しい可憐な野の花」と言うエッセイを読んでいて、
   日本の四季の中で、私が一番好きなのは秋。
   と書いてあったのを読んで、何となく、秋の風景を綴ってみた。
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半藤 一利 &出口 治明著「世界史としての日本史 」(2)

2017年11月03日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   この本の主張は、本文中のタイトルを繋げば、ほぼ理解できる。
   日本は特別な国と言う思い込みを捨てろ
   なぜ戦争の歴史から目を背けるのか
   日本が負けた真の理由
   アメリカを通してしか世界を見ない危険性
   世界の中の日本を知るためのガイドブック
   日本人はいつから教養を失ったのか
   である。

   「世界史としての日本史」と言う書名にあるごとく、世界史的な視点から、日本史を見なければ、正しい日本の位置づけなり立ち位置が理解できないと言う視点からの日本論である。
   たとえば、日本人は、ろくに勉強していないのに、なぜ戦後経済がうまくいったのかと言うと、それは、アメリカに追い付け追い越せと言うキャッチアップモデルがあったからで、これに、冷戦構造と人口増加が加わったからである。
   日露戦争に勝ったのも、当時、ロシアは、第一革命騒ぎで、戦争どころではなく、日本軍の疲弊も極に達しており、ルーズヴェルトの仲介があったればこそである。
   ペリーによる開国を迫られた時にも、アメリカは、南北戦争の最中であり、ヨーロッパ列強も、ボーア戦争などで手を取られるなど、日本に激しく対応できなかったので、中国の様にはならなかった。
   と言った調子であり、また、蒙古の来襲による神風神話も、蒙古にとっては、余った戦力を差し向けただけで、勝っても負けてもどっちでもよかったのだと言われれば、白けてしまうのだが、幸運もあったと言うことであろうか。
   ところが、司馬遼太郎の著作で感化された日本人は、美談に酔うと言うということでもあり、
   実際のファクトが、メディアなどの情報に煽られて、どんどん極端な方向にスキューしていくと言う現実を、克明に語っていて興味深い。

   尤も、「世界史としての日本史」と言っても、例えば、ウィリアム・H・マクニールの「世界史」など世界史の本を見ても、日本は殆ど出てこないので、日本史を、世界史の中に位置づけて理解すべきであると言うことである。
   
   この本では、日本人の高等教育の低さ、旧制高校で培われていた教養重視教育の消失などと言った形で、欧米に比べて、日本人の教養程度が低くて、これが、日本を如何に損ねているかと言うことを執拗に語っている。
   特に、太平洋戦争開始時期のリーダーの教養の低さを問題にしているのだが、その一例として、ノモンハン事件当時の陸軍エリートの知的退廃について、
   「根拠なき自己過信」「傲慢なる無知」「エリート意識と出世欲が横溢」「偏差値優等生の困った集団が天下を取っていた」「底知れず無責任」を指摘している。
   もっと、興味深いのは、今でも、この傾向が続いていると言う指摘で、
   現在の安倍内閣でもそうで、内閣官房と言う小さなエリート集団が、外部からの情報や進言を一切寄せ付けずに、自分たちだけで動かしている。まさにノモンハンの時に、少数の参謀本部と関東軍司令部の少数エリートがやっていたのと同じで、このように少数のエリートが国の方向を決め、国民が何も考えずにそこへ向かって押し流されていくと言う構図は、ずっと同じである。と言っている。

   さて、エリートと言う言葉だが、ウィキペディによると、
   エリート(フランス語: élite)は、社会の中で優秀とされ指導的な役割を持つ人間や集団のこと。・・・政治学的には、統治者(層)に必要な資質を持っている、あるいは持っているとみなされている場合が多い。と記述されている。
   問題となる時には、真にエリートに値する人物が、エリートの地位にあるのかどうかと言うことである。

   この本では、先進国では、大学進学率が高くてしかも大学でもものすごく勉強しており、大学院への進学率も高く、幹部になれば、修士号、博士号を、ダブル、トリプルで持っているのが普通である。と言っているのだが、
   日本の政治のエリートは、それに伍すのは勿論のこと、「統治者に必要な資質を持っている」と言う絶対的条件を満たし、なおかつ、リベラルアーツの知的素養を備えた高潔な人材でなければならない、それであっても、少数集団の支配構造は、極めて危険であると、著者たちは言っているのであろうと思っている。
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半藤 一利 &出口 治明著「世界史としての日本史 」(1)

2017年11月02日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   「日本は特別な国」という思い込みを捨てろ!と言うサブタイトルのついたこの本、両著者の本は、まだ、読んだことはないのだが、結構面白かった。
   色々、問題提起があって、傾聴に値するのだが、まず、一点、国際情勢が極めて流動的で、益々、混迷を深めつつある今日、一体、国家について、どのような政体なり、秩序維持体制が良いのかと言うことを問題にしたい。

   まず、ISが何故勃興して世界中を震撼させたのか。
   ISが生まれたのは、イラクでフセイン政権が、民主主義でないにしろ、それなりに社会を纏めて治めていたのを壊してしまったのが原因である。アフガニスタンもパキスタンも、ビン・ラディンを匿っていると言う理由でタリバン政権を壊した結果だと言う。
   文化や伝統が異なれば、社会の安定の仕方も異なり、それを外の世界の人間がけしからんといって壊してしまえば、おかしくなるのは当然で、政治の安定があって初めて経済も発達し、仕事があれば若者も落ち着く。と言うのである。

   ISは、曲がりなりにも安定していた国家をぶっ壊したために生まれた「非成立国家」であって、あれは、単なるテロではなく、余計なことをして秩序を破壊してきた国に対する戦争だと捉えた方が良い。
   また、中東の非成立国家の誕生には、第一次世界大戦後に、西洋列強による恣意的かつ無茶な国境分割がある。夫々の国の成立の時点で、ボタンの掛け違いがあり、人為的に国境の線引きをして、さらに、ブッシュ政権がその地域を壊したのであり、中東の人々の間に、ISの主張にいくばくかの正当性があり、テロ集団がイスラム教を利用しただけだ。と言っている。

   アメリカの中近東に対する政策は、終始一貫しており、国益の維持確保が最優先であろうが、欧米先進国が発展維持してきた民主主義の普及定着であって、欧米式の政治経済社会体制のみが、地域の発展に貢献すると言う神話に近い思い込みであろうと思う。
   フセインやアサドの独裁政権に対する人権侵害に対して強硬に糾弾してきたが、全く、歴史的な背景や文化文明の異なるこれらの体制に対して、破壊的行動に出ることが、果たして、現地国民にとっても世界秩序の維持のためにも、最善の方法かと言う疑問を呈している。

   欧米の民主主義を根幹とした政治経済社会体制そのものが、人類の発展のためには最適であり、かつ、正統であり正義であると言う信念、そして、どの国家も、この過程を経て進歩発展するのだと言う思い込み。
   経済成長、経済発展も、フリードリッヒ・リストやカール・マルクスやウォルト・ロストウの経済発展段階説に典型的に表れているように、かっては、同じ段階を進んで行くと考えられていた時期もあったが、今日のグローバル経済を考えただけでも、中国やインドなど新興国、あるいは、アフリカなどの発展途上国の経済発展を考えても、様変わりと言えないまでも、多様化しており、線形ではなくなっている。

   ロシアを考えてみれば、これまでに、民主主義的な政権が成立したことはなく、大統領に就任して17年のウラジミール・プーチンが、スターリン以降最強の独裁的な指導者として君臨している。
   成長発展の観点からは疑問はあるかも知れないが、かってのペレストロイカ以降の経済的混乱を経た今日、最も政治経済は安定している。
   欧米の民主主義体制から考えれば、考えられないくらいの人権無視の独裁的専制政治体制(?)かも知れないが、平和と安定と言った観点から見て、ロシア国民にとっては、これで良いのかどうかは、別問題のような気がする。

   同じことを、習近平の中国にも言えるのではないかと思っている。
   中国自身が認めているように、まだ、発展途上国の段階、と言うよりも、そのような経済状態を内包した経済状態であるとしても、数億の民を貧困ラインから解放し、この2~30年、驚異的な経済成長発展を遂げていることは事実で、何を言おうとも、共産党一党独裁下での政治経済社会の安定あってこそではないかと言う気がしている。
   文革少し後の北京を見て知っているが、あの当時の悲惨な最貧国状態の中国と比べれば、米国を凌ぐ勢いの近代中国の成長発展ぶりは、正に、驚異としか言いようがなかろう。

   政治経済の安定が確保されておれば、独裁政権でも専制国家体制でも何でも良いのだと言う気はさらさらないが、しかし、国家体制が、ある程度秩序を保って安定していない限り、何の発展も成長も実現不可能ではないかと言うことである。
   グローバル時代となり、知識情報が一気に伝播拡散して行く今日において、孤立する国家の存在は不可能となろう。
   この本の著者たちの説を敷衍すれば、どの国においても、歴史や発展段階、文化文明の依って立つ立ち位置が異なるのであるから、その国に似つかわしい政治経済社会の安定があってこそ、発展なり成長があると言うことであろう。
   
   大分前に、西欧型資本主義とは違った形の、中国型の経済発展システムが生まれるのではないかと思うと書いたことがあるが、2049年に向かって驀進(?)する中国の政治経済体制も、新しい価値観を生みながら進んでいくような気がしている。
コメント
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