熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

国立劇場・・・歌舞伎「坂崎出羽守」「沓掛時次郎」

2017年11月26日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   11月の国立劇場の歌舞伎公演は、次のとおり。

   山本有三生誕百三十年 山本有三=作 二世尾上松緑=演出
   坂崎出羽守(さかざきでわのかみ) 四幕
       
   長谷川伸=作 大和田文雄=演出
   沓掛時次郎(くつかけときじろう) 三幕
      
   二演目とも、新作歌舞伎で、新国劇を観ているような感じで分かり易く、ストーリー展開も現代感覚で進行するので、ストレートに楽しめてよい。

   「坂崎出羽守」は、
   大坂夏の陣での大坂城落城の時、家康(梅玉)から千姫(梅枝)を救出した者に、千姫を嫁がせると言われて、猛火の中から決死の覚悟で千姫を救い出し、顔に火傷を負った坂崎出羽守(松緑)だったが、千姫を江戸へ護送する途中、桑名の七里渡しの船中で、千姫は、本田平八郎忠刻(亀蔵)を見初めて、家康は約束を反故にして、平八郎に輿入れさせることになったので、千姫の嫁入り行列を目の当たりにして、憤懣やるかたなく慙愧の思いで行列へ乱入して、意を決して切腹すると言う悲惨な末路を辿る悲劇である。
   千姫を護送する船中で、何事も優れた本多平八郎に嫉妬心を抱いて対抗意識を燃やす姿が行く末を暗示しつつ、
   坂崎を憎んで平八郎に恋に落ちた千姫に手を焼いた家康が、対策を金地院崇伝(左團次)に依頼して、困った崇伝が、千姫が出家すると偽って、坂崎を諦めさせたのだが、尼になるはずの千姫が本多家に輿入れすることになったので、行列に乱入して、「今夜にも討手の者が向かうであろう。そうしたら、この火傷の首を上使の者に渡してやれ」と悔しさを滲ませながら、静かに切腹の座に就き、幕が下りる。

   この千姫事件については、諸説あって定かではないのだが、山本有三は、逸話を取捨選択して、素晴らしい創作劇を生み出し、武士としての坂崎出羽守の悲劇的な生き様を浮き彫りにしていて感動的である。
   天下人の家康と孫娘の千姫との関係は、現在のファミリー関係と全く変わらない会話が交わされていて、結構モダンであり、
   船中での坂崎出羽守に対して、千姫救出と言う勲功を鼻に掛ける嫌な奴と言った感じで、小姓や家来たち、千姫の対応が露骨に表現されていて、面白い。
   良識派の家臣三宅惣兵衛(市村橘太郎)と、主君思いの熱血漢松川源六郎(歌昇)が、坂崎を思って働きかける忠臣ぶりが、せめてもの救いであろうか。

   この舞台は、松緑あっての芝居。
   メリハリの利いた松緑の一世一代の大芝居で、全力投球の演技が光っている。

   「沓掛時次郎」は、
   一宿一飯の義理で、已む無く六ッ田の三蔵(松緑)を斬った博徒の沓掛時次郎(梅玉)は、博徒たちに命を狙われた三蔵の女房おきぬ(魁春)と息子の太郎吉(市川右近)を助けて旅に出る。
   中仙道熊谷宿で、極寒の中を、時次郎は、貧乏に泣きながら、おきぬと太郎吉を連れて門付けをして回っていたのだが、やがて三蔵の子供を宿す身重のおきぬが病床に就いたので、博徒の世界から足を洗った時次郎だったが、貧苦に迫られて金策のために、密かに喧嘩の助っ人を引き受て、産気づいて苦しむ姿に後ろ髪を惹かれながら、必ず無事に帰ってきて欲しいとすがる病床のおきぬを残して出かけて行く。
   無事帰ったものの、赤子諸共おきぬは亡くなってしまっていて、時次郎は、太郎吉を連れて再び旅に出る。
   母恋しく泣く太郎吉に向かって、時次郎は、おきぬを追慕し、「俺も逢いてぇ、逢ってひと言、日頃思ってた事が打ち明けてえが―未来永劫、もうおきぬさんにゃ逢えねえのだ 」と哀愁を漂わせまて慨嘆する。
   真人間になって幸せを掴みかけていた時次郎の悲しい恋の終わりであった。

   沓掛時次郎、名前だけは知っていたのだが、この歌舞伎を見る限り、実に、感動を呼ぶ渡世人、博徒である。
   ローマの傭兵と同じように、雇われれば私情を排して、その使命を全うすべく、全く恨みも辛みも勿論なければ、何の関りもない三蔵を殺害せねばならず、妻子まで殺そうとする博徒の非情に激怒して、今わの際の三蔵に頼まれて、愛情を感じて、おきぬと太郎吉を守り抜く。
   おきぬと時次郎のなさぬ恋ながら、抑えきれない思慕と慕情、梅玉と魁春の兄弟役者であることを忘れさせる、しみじみとした人情と純愛の疼きが、感動を呼ぶ。
   こう言う芝居になると、流石に、歌右衛門の後継者、実に上手い。
   松緑の長男・太郎吉を演じた左近の成長が著しい。
   
コメント (1)
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