人間から攻撃本当を抹殺することは出来ない。牧場の埒内で家畜の攻撃本能はもっぱら中に向かう。外部の飼育者に歯向かうという発想は家畜飼育マニュアルで神経を抜かれている。端的に云えば外柔内剛である。試みに密集した家畜の群れに強いストレスを与えてみよ。家畜飼育者にはよく知られたことだが、その後には仲間に集団で攻撃され踏み潰された弱い家禽の死骸が転がっている。
家禽小屋のなかのいい子は外の監督者に対してへつらい、仲間をぎびしく統制する。強制収容所でナチスの代理となって仲間のユダヤ人を取り締まる連中と同じである。現在の教育基本法ではそういう子供が優遇される。社会全体もそういう構図になっている。リーダーというのは集団のメンバーを守るものであって、家畜飼育者の品質管理要員ではないのに、である。
こう思い至れば教師、校長、教育委員会がいじめる側を多として、いじめられる側を放置する性向が理解できる。かれらは記者会見で問い詰められると謝罪するが、積極的にいじめを取り締まる意識は毛頭ない。教師達、校長などは無意識レベルでは相変わらずマスコミを馬鹿にしているのである。ここに気がつかなければならない。もっとも悲しいことにマスコミの諸君も家畜飼育マニュアルで教育されてきたんだよね。
世界に平和を、皆兄弟は結構だが、もともと集団というものは外剛内柔が自然である。そのために集団があるようなものではないか。人類全体でもそう、国家単位でもそう、家庭単位でもそうだ。そうでないのを植民地という。おおもとを正さないといじめという現象はなくならないだろう。