東方のあけぼの

政治、経済、外交、社会現象に付いての観察

小泉前首相の精神分析

2007-01-06 22:18:11 | 社会・経済

まず断っておくが「精神分析」とは言葉どおりの一般的意味であって、東欧からウイーンに逃れてきたユダヤ難民の子であるフロイトのユダヤ教に対する背教者としての原罪意識、なかんずく「父性=幼児に対する*去勢権・恐怖」の強迫観念(潜在的な)に依拠する珍説「いわゆる精神分析・サイコアナリシス」ではない。したがって、リビドーとも肛門性愛とも口唇性愛ともまったく関係ない。  *割礼権=擬似去勢権(みなし去勢権)

さて、今にして思うと小泉さんは首尾一貫した堂々とした男だった、かもしれない。弁解しない男、小泉氏になりかわり釈明する。間違っていたら小泉純一郎さんご指摘ください。

小泉さんには皇室尊崇の念はうすい。また、基本的に明治天皇に始まる戦前の日本の近代化に醒めた目を持っていたのではないか。小泉さんはまた東条らを戦犯と認識すると国会で答弁している。したがって、明治神宮にこれまでの首相とことなり参拝せず、靖国神社に参拝したのは彼からすれば筋が通っている。

小泉さんは靖国の神々を軍神としてではなくて、日本近代化の犠牲者として鎮魂したいという信条ではなかったかということだ。東条元首相ら戦犯が祀られているからと敬遠する気持ちよりかも二百数十万の一般兵士の犠牲を悼む気持ちではなかったか。そういう意味ではシナの歴史解釈と近い。あるいは戦勝国アメリカともこの点では近い。この辺は問題をこじらせたシナ、半島の責任は大きい。実際問題として祀られている1ダース前後のいわゆる戦犯をシングルアウトして数百万の戦死者の追悼を締め出すのは不条理というものであろう。共同の宗教施設というものはそういうものである。個人の墓ではない。いろいろな人が一緒にまつられているのだ。