今朝の産経に日本の核問題について一本の投稿と三本の記事が出ていた(一面と三面)。このくらい報道が出れば議論も身のあるものになるだろう。
「国際問題アドバイザー」岡本行夫氏の「非現実的な保有論」にちょっと触れたい。いかにも官僚らしいtimidな意見である。官僚がtimidでなくてどうする、という議論もある。官僚出身らしい行き届いた論文でナヘンにポイントがあるのか、ぼかしてあるのは流石だ。
まず日本の核開発など出来るわけがないという。NPTの条約に縛られているし、第一実験をする場所が国土の狭くて人口周密な日本にはないという。そのとおりだ。しかし、これはリポートの「第一章 現況」というやつだ。そこをどうするか、どうできるか、できないか、はモソット丁寧に議論をしてもらわないと困る。
アメリカからパテントを取る、共同開発をする、実験場を借りるなんていう手もある。フィージビリティは別に検討しなければならない。トヨタみたいに現地に工場を建てる手もある。実験場を借りる、あるいは実験をほかの国に頼むなんていうのは現実にどこかの国がやったではないか。
岡本氏は核の持込が現実的だという。もっともである。冷戦時代ドイツがアメリカの核ミサイルをドイツに配備してソ連のそれに対抗した。冷戦終結に導いたという。日本もそれに倣ったらよかろうというわけだ。前のアップでも触れたがそれが現実的で手っ取り早いだろう。
しかし、前にも触れたように核ミサイルの指揮権、運用権はどちらが握っていたのか。アメリカか、ドイツか、NATOか、共同か。その辺のところを触れるべきだ。もっとも秘密にしているだろうが。しかし評論家ともなれば推測でもいい。触れるべきだ。また、今後の日本の場合はどうしたらいいのか、あるいはアメリカにゆだねるしかないのか、岡本氏の意見を述べるべきだろう。
冷戦時代でもそうだったと思うが、冷戦終結後の多極化した世界政治でアメリカの究極の目的はアメリカ本土防衛である。それがプライオリティNO1である。そのなかで日本防衛がどのように位置付けられるのか。第二次世界大戦のように欧州がナチスに席巻され荒廃した後で出てこられても困るのである。
もっとも、岡本氏はまた韜晦するのである。官僚の作文という所以である。