そりゃおかしいぜ第三章

北海道根室台地、乳牛の獣医師として、この国の食料の在り方、自然保護、日本の政治、世界政治を問う

稲・米・ご飯

2012-09-27 | 政治と金

今年も新米の季節になった。日本人の主食はお米である。このお米は、生えているときには、収穫し流通されて購入すると、そしていよいよ食べるとなるとご飯、となる。扱う目的と場所によって名前が変わる、世界にこんな穀物はない。

しかも、そのまま食べるのである。小麦もトウモロコシもおよそ、穀物といわれるもので、加工せずにそのまま食べるものはない。しかも、米は作付の過程で、水を大量に使い、長年管理してきた人類と環境として共存してきた。連作が全く問題のない、水管理による多雨の地域で、人々に「メシを食わせ」命を支えて来た。

日本では神道などの儀式の手段として、稲の位置は低くはない。しめ縄にして木や岩などを崇めてきた。地鎮祭や上棟式に供物や奉納品に、加工品のお酒とともに欠かせない。稲作文化として日本は位置づけられる。

ところで世界では穀物の価格が、世界各地の干ばつの影響で高騰Rice_production_1209_3している。しかし、この10年間で最も高騰したのは、実はお米である。ほとんどの日本人はこのことに気が付いていない。左の表は世界穀物協会が発表しているお米の生産量と消費量と、備蓄量である。備蓄量も増えているために、これでも価格は抑えられているとみるべきである。(クリックすると大きくなります)

日本人が気付かないその理由は、極めて簡単である。新自由主義者などの攻勢を受けながらも、お米は日本が唯一、自給している穀物だからである。収量の激減や、価格の暴騰が自然に支配される農作物には、当然起きることである。

そして、食べ物はあらゆる商品の中で欠かすことが出来ない。食べ物がなければ生きてはいけないものである。

領土や利権や資源も国家は守らなければならないであろうが、食料はそれ以上に我々の命の糧として、守るべきものである。

国家が最も守らなければならないのは、国民の命である。命は食料によって支えられている。食料の料と質は健康だけでなく、文化や様々な活動の礎になるものである。

TPPは、こうしたことを全く考慮せず、食糧を価格だけで評価する、無関税システムである。食糧を容認される範囲で、自給しない国家は独立国家とは言えない。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

羅臼港

春誓い羅臼港