詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

関根由美子『川を洗う日』

2021-08-11 11:12:11 | 詩集

 

関根由美子『川を洗う日』(詩的現代叢書47)(書肆山住、2021年08月12日発行)

 関根由美子『川を洗う日』の巻頭の「川を洗う日」。「川」は「川」であると同時に「記憶」である。あるいは「記録」である。「記録」を思い出す日。どんな「記録」かは書かない。けれど……。

   今日は 川を洗う日です。
  川の家から回覧板がまわってきた

  手に
  手に
  亀の子タワシをもって
  川を洗う

  波に
  訊いて
  傷めないように
  川衣を捲くって洗う

  川は
  人々の吐く
  汚れを呑み
  水底に沈めた

  石に
  水草に
  ぷわり  ぷわり
  不気味な 泡

   ぬるり
  身をかわすから
  捉えようもない

  川底に 棲みついている
  厄介者
   ぬるり

  今日は川を洗う日です。

 「傷めないように」ということばに、川に対する愛着がある。「川を洗う」にも愛着があるが「傷めないように」はそれをさらに推し進めている。体が動くだけではなく、こころが動いている。
 こころは、川が「沈めた」もののことを思っている。川は「沈めた」のだが、関根は「沈めた」という事実を「川底に 棲みついている」と言い換えている。こころは、川が沈めたのではなく、川底を選んで住んでいると言いなおすのである。だから、「傷めないように」という具合にも、こころは動くのだ。
 そのこころと、肉体が、川に出会って、その反応が「感覚(肉体反応)」のことばを引き出す。肉体を生きているものだけが感じる何か。川底に住んでいるものたちからつたわってくる、「生の感覚」。
 「ぷわり」「ぬるり」。
 このことばを、私自身のことばで言いなおすことはむずかしい。「ぷわり」も「ぬるり」も知っている。しかし、私の知っている「ぷわり」「ぬるり」は関根の書こうとしているものとは違うかもしれない。違っていても、どこかに共通点はあると思う。その、ことばにしにくいものが「ぷわり」「ぬるり」から迫ってくる。肉体が受け止めてしまう(受け止めなければならない)何か。
 「不気味」「厄介者」。でも、それは、忘れることができない。忘れらないから「不気味」「厄介者」なのかもしれない。
 どんな場所でもそうかもしれないが、そこで生きてしまうと、それが厳しい現実であっても、その場所を愛さずにはいられない。生きてきた記憶があるからだ。肉体は、それを忘れることはできない。

 そういうことと関係があるのか、ないのか、すぐにはことばが定まらないが、「切符」の次の二連がとても印象に残った。

  古い木のベンチの端で
  電車を
  待っていると
  黄色い声のお婆さんがやってきた

   待っているとね、電車は 来ないんさぁ
   手を振ってね、こうゆうふうにねぇ
   遠くの電車の軋る音を 呼び寄せるんだよ--。

 川を洗う、は、この「呼び寄せる」に似ているだろう。何に対しても働きかけない限り、何かがやってくるということはない。しかし働きかければ、やってくる。「ぷわり」「ぬるり」が「やってくる何か」が「やってきた」証拠なのかもしれない。つまり、そこには「肉体」が感じる「再会」があるのだ。
 「電車」もそうだねえ。一期一会の出会いではなく、それは「再会」である。「黄色い声のお婆さんがやってきた」とは再び会わないかもしれない。それこそ一期一会かもしれない。けれど、ことばにして、こうして詩に書いたとき、そこには「再会」がある。電車のように、「待っている」関根の方へやってくる。そういう感じがする。

 

 


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オリンピックは中止すべきだった(22)

2021-08-11 10:23:17 | 考える日記

 8月14日の読売新聞(西部版・14版)。コロナ感染の続報。(一部WEB版から)
↓↓↓↓
 国内の新型コロナウイルス感染者は10日、全都道府県と空港検疫で新たに1万574人確認された。1万人以上は8日連続。死者は19人、重症者は前日より40人増の1230人だった。
 東京都内の新規感染者は2612人だった。1日の感染者は7月24日以来、17日ぶりに前週を下回ったが、9日までの3連休で検査数が減ったことなどが影響している可能性がある。30歳代以下の若年層が66%を占めた。
 重症者は前日から19人増の176人。これまでの最多の160人(1月20日)を上回った。全体の35%にあたる62人が50歳代だった。入院患者は3594人で、4日続けて最多を更新した。
 都内では70~90歳代の男女3人の死亡も確認された。このうち1人は基礎疾患がなく軽症で、本人の希望で自宅療養していたが、容体が急変して死亡したという。
↑↑↑↑
 感染者総数が減っているのに、重症者が増えている。これは、ごくふつうに考えるととても奇妙。
 読売新聞でさえ「9日までの3連休で検査数が減ったことなどが影響している可能性がある」と書いている。もし、それを不思議に思うのなら、なぜ「陽性率」を聞き出さないのか。検査総数を聞き出して「陽性率」を調べないのか。報道機関は、「権力が」公表したことをそのまま垂れ流すのではなく、その情報に疑問があれば、疑問点を追及しないといけない。
 それは、「1人は基礎疾患がなく軽症で、本人の希望で自宅療養していたが、容体が急変して死亡したという」の部分にもあらわれている。「という」は伝聞。では、だれがそれを語ったのか、そして語られたことを記者はなんらかの方法で確認しようとしたのだろうか。「本人」というのは「一人暮らし」なのだろうか。家族がいるのだろうか。もし一人暮らしであるなら、その「情報」はこの場合、不可欠である。なぜなら、「一人暮らしの自宅療養は危険」という警鐘になるからだ。「70~90歳代」よりも重要な情報だろう。「一人暮らし」の場合、体調の急変を連絡しようにも連絡できないということがありうる。救急要請が遅れるおそれのある「自宅療養」は危険なのだ。
 さらに。
 いま、デルタ株が主流を占めているが、その特徴は「重症化することが少ない」と言われている。しかし、ここに書かれている死亡の3人はいずれも高齢者である。ワクチンも接種済みと考えられる年齢である。3人はワクチンは接種していたのか。そういう「情報」も必要だろう。
 なぜ、聞き出して、書こうとしないのだろうか。

 きょうの紙面で気づいたことは、もうひとつ。
 「東京五輪関係者」の感染状況が書かれていない。オリンピックが終わったから、「感染者」の感染は発生しないのか。追跡調査をしないのか。
 これは、私が予想していたとおりの展開だが、おかしいだろう。感染して、すぐ「陽性反応」が出るわけではないだろう。潜伏期間があるはずだ。だからこそ大会期間中は毎日検査をしたのではなかったか。潜伏期間を考えるならば、最低2週間は「関係者」の追跡調査をし、その結果を公表すべきだろう。もちろんそこには帰国した外国人選手、関係者も含まれる。そうしないと、オリンピックがコロナ感染にどう影響したかがわからない。期間中に陽性が判明しなかったからといって、「安心安全」な大会だったとは言えないのだ。
 それは、こういうことからも言える。きのう書いたのだが、札幌のマラソンには大勢の観客がつめかけた。そこから感染拡大がはじまるのではないか。
 きのうの読売新聞によれば、9日の北海道の感染者は310人。きょう公表されている10日(11日午前0時)の感染者は347人。約1割増加している。347人という数字は東京の2612人に比べると少ないが、東京が減っているのに対し、北海道では増えている。
 「今後」が、大会期間中よりも、もっと重要なのである。

 読売新聞は陽性者が減った理由を「9日までの3連休で検査数が減ったことなどが影響している可能性がある」と推測しているが、検査数が減る要素は「3連休」だけではないかもしれない。「減る」ではなく「減らす」という操作がおこなわれているかもしれない。これから、総裁選、衆院選がある。(順序は、衆院選、総裁選かもしれないが。)さらに、パラリンピックもある。陽性者を増やさないために検査をおさえるということは、ありうると思う。なんといっても、「軽症者は自宅療養」を打ち出した管である。そのうち感染状況も「重症者」「死者」だけになるかもしれない。何度も書いたが、五輪関係では途中から「濃厚接触者」の数を公表しなくなった。そういう変化を考えれば、管が感染者状況の公表基準についてなんらかの「提案」をしてくると考えられる。
 どこにも「正確な情報」がない。公表されるのは、管にとって都合のいい数字だけである。

 東京オリンピックは中止すべきだった、とまた書いておく。パラリンピックの「観客」はどうなったのか知らないが、パラリンピックは中止すべきである。

 

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