金井裕子「暗い橋の上で」「この部屋で」(「ファントム」5、2021年06月20日発行)
金井裕子「暗い橋の上で」は、ことばの動きが静かで魅力的だ。
みぎに折れたら
橋にでた
ながいながい橋には
死が潜んでいる
川底をのぞいてはいけない
小石の河原には
白い骨が散らばっている
数えてはいけない
欄干にからだをあずけて
夜を待っていれば
ゆっくりと暗みが降りてくる
喉をとじた鳥が鳴いた
だれもいない
帰ることなはない
ひつようでなくなれば捨てるだけだ
石を投げても
ここは
水音のしないところ
あなたに電話をかけた
声と声のあいだを
風が抜けていくのがきこえた
ながいながい橋の上で
つめたい指を
噛んだ
二連目の「喉をとじた鳥」は話者の比喩になるか。「鳥が鳴いた」は「電話をかけた」ということ。封印を解いたのだ。しかし、「石を投げても/ここは/水音のしない」のと同じように、電話をかけても「あなた」の声は聞こえない。話者の「声と声のあいだを/風が抜けていくのがきこえた」だけである。
ここで、私は、思うのだ。
その風は、きっと一連目に繰り返してあらわれた「いけいない」「いけない」とつげている。電話をかけてはいけない、かけてはいけない、とわかっている。でも、かけずにはいられない。そして、かけたあとで、やはり「いけない」と思い返す。いけなかったのだ。
「ながいながい橋の上で/つめたい指を/噛んだ」は、橋の上で、「ながいながいあいだ、/つめたい指を/噛んだ」と私は「誤読」する。
一連目と二連目のことばの呼応が確かだと思う。
「この部屋で」は「暗い橋の上で」のつづきのように思える。橋の上から、部屋に帰って来た。しかし、
あのひとも
いない
あのひともあのひとも
いない
このひとも
いない
いないひとを
ひとりひとり思い出す病
電車が
鉄橋を渡っていく耳鳴りを聞いた
途切れた夢
消えていく音を抱きよせ
あのひとも
あのひともあのひとも
いた
このひとも
いた
と言いかえて
なつかしいひとたちで
暗がりを灯し
影を
溶かして処方する
「鉄橋を渡っていく耳鳴りを聞いた」の「耳鳴り」がいいなあ。耳鳴りは、本来は不愉快なもの。消えてほしいもの。しかし、金井は「消えていく音を抱きよせ」と書く。その瞬間に「いない」「いない」は「いた」「いた」にかわる。しかし、それはあくまで「いた」「いた」であり、「いる」「いる」ではない。「消えていく音」ではなく「消えていくなつかしさ」を抱き寄せるのである。
「処方」は「思い出す病」へと引き返していくのだが、この作品も、ことばの呼応が強くて美しい。
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