小島きみ子『楽園のふたり』(私家版、2021年08月10日発行)
小島きみ子は『現代詩の広い通路へと』のなかで、こう語っていた。(32ページ)
詩の作品の中で主体が発話するというのは非自己が作品の中にあるということ。作品の中で主体が発話しているかどうかは、とても重要なことで、その作品を読んだときに、自己を超越した自己、これが感じられるというのは作品として普遍ということだと思う。
これは、私には非常に難解ことばである。詩がある。当然発話者(詩の作者)がいる。この発話者を小島は「非自己」と読んでいる。「非自己」が発話することで「自己」を超える「超越的自己」になるということか。そういうことを「感じられる」作品は「普遍(性)」を持つということか。
これは、わかったようでわからない。
実は、この小島の発言は、対談をしている松尾真由美の次の発言を踏まえている。
詩を書く意味からすると、自己は作者であり、非自己は主体だと思う。
この発言では「書く=作者(自己)」。これは、少し「等式」を変えると「作者=書く=自己」のようにも見える。一方、「非自己」と「主体」がどんな「動詞」と結びついているかわからない。「非自己=書かない=主体」なのか。
この私のわからない部分を、小島は「主体が発話する」という動詞を補って、松尾のことばを引き継いでいる。「主体=発話する」、「非自己=発話する=主体」。非自己(主体)が発話することで自己(書く人、作者)を超越し、普遍に到達する。
そうだとして。
「書く」と「発話する」という「動詞」の違いは、どう定義されるのか。
私は、どうしても理解できない。
これは小島が「真理が女であると考えてみてはどうだろう」に飛びついたのと同じくらい、私にはわからない。
わからないまま、しかし、私は考えることができる。ただし、小島の考えていることがわからないのだから、私の考えることは、小島の考えていることと「無関係」かもしれない。詩集『楽園のふたり』のなかでは、「どの水音を遡ってここまで来たのか」「(声の影が、)」「黄泉の國は此の世と瓜二つなのです」の三篇がおもしろかった。「瓜二つ」ということばが象徴的だが、作品の中には「瓜二つ」と呼べるものが出てくる。それは、たとえて言えば「自己と非自己(主体)」「作者と話者(主体)」「書くと話す」のようなものかもしれない。
こんな抽象的なことを書いていてもしようがないので……。「(声の影が、)」を引用しながら、私が考えたことを書いてみる。また抽象的になるかもしれないが。
凍土の地で暮らす姉から、 (届いた、)
封書の中に入っていたのは哀しみという (文字が、)
群青の小鳥の羽と (声の影が、)
森の奥へ (入って行く、)
森の中の (少女が、)
白い皮膚を曝して (眠る、)
羊歯植物の仄暗い (茂みの中で、)
湖面を揺する水鳥の (ざわめきと、)
レース模様に翻る (黒い蝶の、)
言葉と言葉が迷い (ぶつかり合う、)
この詩にある「瓜二つ」とは、括弧にくくられていないことばと、その下の括弧にくくられていることばである。
さて、このうちのどれが「自己」でどれが「非自己」か。あるいはどれが「作者」でどれが「話者」のことばか。さらには、どれが「作者」でどれが「話者」のことばか。わからない。わからないのは、私の「設問」の立て方に間違いがあるからだろうが、私は「間違い」を承知の上で、誤読していく。
「凍土で暮らす姉から、」と書いた後、それだけでは不十分だと感じる何かが(届いた、)ということばを発する。それは「凍土で暮らす姉から、」を補うというよりも、言いたいのは(届いた、)ということばの方だと主張しているように見える。そうすると「凍土で暮らす姉から、」が「自己」であり(届いた、)は「非自己(話者)」になる。
私は先に便宜上「話す」に対して「書く」を対立させたが、どちらもことばを発するということでは同じなので、「書く=話す」は最初からひとつのものであり、「書く=話す」を通して「自己」「非自己」の動きがあるということかもしれない。
いったん「凍土の地で暮らす姉から、 (届いた、)」という一行が「非自己」として成立すると、成立した瞬間にそれは「自己」にかわり、それを次の「非自己」があらわれることでことばを動かしていく。それが「封書の中に入っていたのは哀しみという (文字が、)」である。もちろん二行目にも「自己と非自己」が存在する。「自己」を「非自己」のことばが突き破り、そうすることで出現してしまうことばをさらに「非自己」で破壊し続けるという運動がある。それは破壊であると同時に創造でもある。そういう関係になっていると思う。
「言葉と言葉が迷い (ぶつかり合う、)」という一行が象徴的だが、ことばが続けば(ことばが増えていけば)、どのことばがどのことばなのか、所属を明確にすることは意味がない。そこにあるのは「ぶつかり合う」ことで世界が展開するという運動だけである。
で、私は。
小島とは違って、「自己」「非自己」の関係を、「話す=発話する=書く」、もっと言い換えると「動詞」そのものとして見ているので、ほんとうは、「動詞」を基本にしてこの詩を読むとどうなるか、ということを書きたいのだが、書き始めるとちょっとめんどうくさい。ここでは、丸括弧で書かれている部分を、(届いた、)(入って行く、)(眠る、)のように動詞だけで構成すると、もっとおもしろくなったかなあ、とだけ付け加えておく。「動詞」が「話す(=話者)」になる。それでは単調かもしれないが、丸括弧内が動詞だけの詩が私の好みである。そして、それは私の好みだから、小島とは関係ない、という反論を承知の上で、書いておく。
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