詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

トッド・フィールド監督「TAR ター」(★★★★)

2023-05-12 21:49:55 | 映画

トッド・フィールド監督「TAR ター」(★★★★)(中州大洋、スクリーン2)

監督トッド・フィールド 出演 ケイト・ブランシェット

 ケイト・ブランシェットを見たくて見に行ったのだが、いやあ、こわかった。昔から(?)、演じるというよりも、他人になってしまう役者だったが、今回も、完全に他人になってしまっている。(ほんもののケイト・ブランシェットを知っているわけではないのだが。)私はこういう「なりきり型」の役者は、役者ではない、と思っているのだが、別格だねえ。
 なんといっても階段で転んでからの「顔」がすごい。メーキャップなのだろうけれど、「醜い」を気にしていない。「ブルージャスミン」(ウディ・アレン監督)の最後でも思ったけれど、「醜い」をさらけだす。役者なのに。
 いや、そこだけじゃないんだけれどね。というか、その最後の「醜さ」を、それが当然という感じさせるように、演技が動いていくのがすごい。
 音楽のことはよくわかるが、人間のことは何もわかっていない。人を傷つけても、そのことによってこころが傷つかない。それを、とっても自然に(?)やってしまう。傷だらけの顔が「醜い」のではなく、彼女そのものが「醜い」。それを納得させてしまう。「容姿」とは関係がないのだ。
 パソコンが壊れた、と言って、秘書(恋人)のパソコンを借り、抹茶の準備をさせるあいだにメールを盗み見るということろなんか、すごい。なんというか、「確信」を持っている。メールが残っているはず、ということを「確かめる」というよりも、いざとなったら、メールが残っているじゃないかということを理由に秘書を問い詰めるために、メールを盗み読みするのだ。
 このシーンが象徴的だが、何かをするのは、つぎに何かをするためなのである。
 音楽というのは、私の考えでは、つぎに何かをする(次の展開を考える)というのではなく、「いま、その瞬間」を存在させるものだが、彼女にとっては違うのだ。「つぎ」のために「いま」がある。
 音楽を語るセリフでは、指揮者が「時間」を決めるのだ、時間を支配するのだというセリフがあるが、このときの「時間」は「いま」ではない。ターにとっては「時間」は「つぎ」のことなのだ。左手で(右手だったかな?)「はじまり」を決める、「はじまり」の瞬間を指示するというが、彼女にとって問題なのは、その「一瞬」ではなく、それが「つぎ」にどうなるか、なのである。
 だから。
 というべきなのか、どうなのか。
 ストーリーは「つぎ」から「つぎ」へと展開していく。けっして「いま」(その瞬間)を描かない。もし、「いま(その瞬間)」を描いているとしたら、それは、ある傷ついた顔だけなのである。女を追いかけて転んだのに、男に襲われたと嘘をつく。そこにだけ、彼女の「いま」がある。つまり、「つぎ」がない。はじめて、追いかけてきたものを「逃がす」ことになる。
 で、そんな人間に「音楽」が可能なのか。
 これは、まあ、矛盾だなあ。彼女は「音楽」を捨てられない。彼女が「音楽」を見つけたのか、「音楽」が彼女を見つけたのか。たぶん。「音楽」が彼女を見つけた。その見つけ方は、なんというか、残酷である。この残酷とケイト・ブランシェットがぶつかる。そのときの「衝撃音(ノイズ)」が「音楽」そのものになる。いままで聞いたことのない音になって突然あらわれる。だから、見終わったあと、残酷(ノイズ、雑音)というのは、なんと美しいものなのか、と思わずうなってしまうのである。
 ★5個にしようか、私はずいぶん迷った。私は「怖がり」なので、一個減らした。でも、いまは怖くてこう書いているが、怖さが消えたら★10個というかもしれないなあ。

 


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