詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

木谷明「つつじの森」ほか

2023-05-29 21:18:10 | 現代詩講座

木谷明「つつじの森」ほか(朝日カルチャーセンター、2023年05月15日)

 受講生の作品。

つつじの森  木谷明

空き地があるでしょ

ほっとするでしょ

その向こう

緋色、紫、白に零(こぼ)れて

つつじの森の住人は姿を見せることはないのです

ただ

育て

往き来し

見せず

ひとの背丈ほどになりながら

ただ

籠り

往き来し

立ちどまられようと

その川を

橋で歩くひとなどに

姿を見せることはないのです


その向こう
つつじの森に見えるのは
空き地から
届かない
歩いても
隠れてる
緋色、紫、白に零れて

 

つつじの森の囀りに

 「つつじの森の住人」は具体的に書かれていないが、秘められた感じがいい。全体の調子(音)、行間の取り方、全体がやわらかく反響し、後半転調しいくのがいい。朗読を聞いて、共感の秋とテンポが合っているのを感じた。「零れる」「囀る」というむずかしい感じが印象的。山つつじのさわやかさを感じる。「つつじの森の囀りに」という最終行が印象に残った。空気感、膨らみを感じた。
 という声。

 行空きは、1行では足りなくて、最後は3行になった、と作者。
 「散文」にならないように工夫した文体と、行間(ことば、イメージの飛躍飛躍)に工夫があるし、受講生が指摘しているように、ときどきまじる日常的には見ない漢字も視覚を刺戟する。
 詩は論理ではないし、結論もなくてもかまわない。ことばの飛躍のなかに詩がある。その飛躍を強引に綿密なことばで埋める手法もあるし、木谷のように断絶を空白(行間)でつくりだす手法もある。
 江戸期のだれかだと思うけれど、「空白も絵の内なのだから、こころして見なければならない」と言った人がいたと思う。ことばの「空白」は論理の飛躍、あるいは行間ということになるかもしれない。
 

みどり  杉惠美子

ガラス窓越しに見る
5月の宵は
思っていたより暗くない

私は私だからと
思えた瞬間に
生乾きだったシャツが
ピンと乾いた

時空が少しずれて
少しゆがんだような
温度差もあれば
吸う息が揺れているような感じがある

反応する私と
吸い込まれる私がいて
少し遠くまで行けそうな気がする

トンネルを抜けて
新緑に包まれて
私はみどりになる

 二連目の表現がおもしろい。最終連の新緑が鮮やか。「みどりになる」に共感する。実際は部屋の中にいて、トンネルは空想と思って読んだ。空気の揺らぎのようなものを感じた。「シャツが/ピンと乾いた」「時空が少しずれて」「吸い込まれる私」という動きに(意識の)流れの一貫性を感じる。心象と物理が重なる。
 二連目については、杉は、「ひらめいた」から書いたと言った。詩は、意図して書くというよりも、ことばに書かせられるものかもしれない。

 この詩でおもしろいのは、二連目のことばが、他の連と違うから見落としてしまいそうになるが、ここに実は「キーワード」がある。
 「思えた」(思う)という動詞。一連目「思っていた」、三連目「感じがある」、四連目「気がする」。「思う」「感じる」「気がする」は「客観的事実」というよりも、「主観的事実」。この「思う」(感じる/気がする)は、実は書かれていい長最終連にも存在する。
 私はみどりになる「と思う/と感じる/気がする」。しかし、杉は最終連には、それを書かない。そのため、最終連の印象が非常に「さっぱり」する。作者が「みどりになる」のだが、読んでいる読者が「私」になって「みどりになる」と錯覚する。
 静かな「飛躍」がここにある。そして、それをつくっているのが「思う/感じる/気がする」の省略である。

森のアトリエ  池田清子

思い切って
一人旅をしてみようか
大丈夫
ロシナンテと一緒だから

山道を折れて折れて
細い道を進むと
緑の中に
しんと立つホテル

巨大な天体望遠鏡
小さなプラネタリウム
木星がくっきり見える
解説が熱い

ヴァイオリンとピアノの生演奏
食事中 記念の写真を撮ってくれる
浴衣姿で二人とも微笑んでいた
ホテルの名は
勝手に「星の美術館」

宇宙の定規も二人で選んだ
ロシナンテ
やっぱり 思い出のつまってない所に行こうか

ドン・キホーテは
父と 痩せ方がよく似ている

モモンガは飛び去って行った

 「宇宙の定規も二人で選んだ」が印象的。「ロシナンテ」「ドン・キホーテ」は、比喩。それが「宇宙の定規」の比喩と響きあう。素敵な詩。「森のアトリエ」に対する思いを描いたのだと思って読んだ。

 「食事中 記念の写真を撮ってくれる/浴衣姿で二人とも微笑んでいた」という二行は、これまでの池田の詩の世界につうじるが(思い出を正確に書いていると思うが)、受講生が感想のなかで指摘したが、ロシナンテ、ドン・キホーテなど、池田の具体的な生活(体験)そのものではないことば(受講生が「比喩」と呼んだのは、そのためだと思う)が登場し、世界を動かしていることである。「現実」をそれに対応することばで書くのではなく、「ことば」をつかって「現実」を耕して、「現実」を豊かにしていくという動きがここにある。
 「宇宙の定規」を「ことば」でつくりだすとき、「現実」は違った風に見えてくるはずである。見えなかったものが見える。それは、たとえば「モモンガ」かもしれない。この「モモンガ」はほんものか、作者があらわそうとした何か別のものか、ということは読者が考えればいいことである。それが作者の「意図」と合致しているかどうかは、問題ではない。学校のテストの「答え」ではないのだから、それはどれだけ違っていてもいい。何かを「ことば」に誘われて、感じ、考えれば、それでいいのだと私は思う。

フジツボ  青柳俊哉

鏡のなかの安息日

種を撒き 藻を刈ることさえ 
罪と思うとき 
非・エデンの方へ  

高い枝へのぼり
生まれたばかりの蛙
空の水面へ 宇宙的な琵音をはなつ
樫の木と磐 ヴィーナスの閑さで 
潮の気圏にまう うしなわれる
もののない 原子の時間の方へ

鏡がとじて 水のうえの 
フジツボにふれるとき

 「鏡のなかの安息日」はイメージが大きくて考え込んだ。「鏡のなかの安息日」からはじまり、「うしなわれる/もののない 原子の時間の方へ」へ動いていくが、それと「フジツボ」との関係がわからない。「罪と思うとき」の「罪」にぐっときた。「宇宙的」ということばが出てくるが、人間のレベルを超えた何かを感じる。

 私は「非・エデンの方へ」の「非」ということばに注目した。池田が「現実」を書くのだとしたら、青柳は最初から「現実(具体)」ではなく「非具体(現実)=抽象」を書く。そして、その「抽象」ははっきりと確立された存在ではない。「……とき」「……の方へ」ということばが象徴的だが、ある瞬間(とき)に見える「方(ベクトル)」へ動いていく。「ことば」はどこへたどりつくかわからない。
 池田の「ももんが」がそうであるように、「フジツボ」も、どういう必然があって出てきたのかは、作者にもわからない。それは、どこかからか、やってくるものなのだ。杉が、二連目は「ひらめいた」と言ったが、そんなふうにやってくることばがある。木谷の「零れる」や「囀り」も。「ことば」が先に何かを見つけ、それを作者が「追認する」。

 


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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(13)

2023-05-29 15:56:27 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(13)

  「総督領」は「総督領」をもらう(だろう)ひとの友人が、彼に語りかける形でことばが動く。気持ちを推し量っている。そんなもの、ほしくはないだろ? ほしいのは、もっとほかのものだろう?

だが、やけくそのきみはどうせ同じさと押し頂く

 「やけくそ」と「押し頂く」の組み合わせが強烈だ。それは相いれない組み合わせだ。そして、相いれないからこそ、そこに「激情」が動いていることがわかる。矛盾のなかには、いつも激しい感情がある。
 そして、私は、こんなことも思う。これは「友人」が語りかけているスタイルをとっているが、ほんとうは「総督領」のことばだろう。「激情」を隠すために、友人に語らせているのだ。
 この「語りの構造」はカヴァフィスのものか。中井の翻案か。私は原文を読んでいないのでわからないが、中井の翻案のような気がしてならない。もし翻案ではないとしても、「やけくそ」と「押し頂く」を組み合わせたのは、とてもすごい翻訳だと思う。

 

 

 

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