木谷明「つつじの森」ほか(朝日カルチャーセンター、2023年05月15日)
受講生の作品。
つつじの森 木谷明
空き地があるでしょ
ほっとするでしょ
その向こう
緋色、紫、白に零(こぼ)れて
つつじの森の住人は姿を見せることはないのです
ただ
育て
往き来し
見せず
ひとの背丈ほどになりながら
ただ
籠り
往き来し
立ちどまられようと
その川を
橋で歩くひとなどに
姿を見せることはないのです
その向こう
つつじの森に見えるのは
空き地から
届かない
歩いても
隠れてる
緋色、紫、白に零れて
つつじの森の囀りに
「つつじの森の住人」は具体的に書かれていないが、秘められた感じがいい。全体の調子(音)、行間の取り方、全体がやわらかく反響し、後半転調しいくのがいい。朗読を聞いて、共感の秋とテンポが合っているのを感じた。「零れる」「囀る」というむずかしい感じが印象的。山つつじのさわやかさを感じる。「つつじの森の囀りに」という最終行が印象に残った。空気感、膨らみを感じた。
という声。
行空きは、1行では足りなくて、最後は3行になった、と作者。
「散文」にならないように工夫した文体と、行間(ことば、イメージの飛躍飛躍)に工夫があるし、受講生が指摘しているように、ときどきまじる日常的には見ない漢字も視覚を刺戟する。
詩は論理ではないし、結論もなくてもかまわない。ことばの飛躍のなかに詩がある。その飛躍を強引に綿密なことばで埋める手法もあるし、木谷のように断絶を空白(行間)でつくりだす手法もある。
江戸期のだれかだと思うけれど、「空白も絵の内なのだから、こころして見なければならない」と言った人がいたと思う。ことばの「空白」は論理の飛躍、あるいは行間ということになるかもしれない。
*
みどり 杉惠美子
ガラス窓越しに見る
5月の宵は
思っていたより暗くない
私は私だからと
思えた瞬間に
生乾きだったシャツが
ピンと乾いた
時空が少しずれて
少しゆがんだような
温度差もあれば
吸う息が揺れているような感じがある
反応する私と
吸い込まれる私がいて
少し遠くまで行けそうな気がする
トンネルを抜けて
新緑に包まれて
私はみどりになる
二連目の表現がおもしろい。最終連の新緑が鮮やか。「みどりになる」に共感する。実際は部屋の中にいて、トンネルは空想と思って読んだ。空気の揺らぎのようなものを感じた。「シャツが/ピンと乾いた」「時空が少しずれて」「吸い込まれる私」という動きに(意識の)流れの一貫性を感じる。心象と物理が重なる。
二連目については、杉は、「ひらめいた」から書いたと言った。詩は、意図して書くというよりも、ことばに書かせられるものかもしれない。
この詩でおもしろいのは、二連目のことばが、他の連と違うから見落としてしまいそうになるが、ここに実は「キーワード」がある。
「思えた」(思う)という動詞。一連目「思っていた」、三連目「感じがある」、四連目「気がする」。「思う」「感じる」「気がする」は「客観的事実」というよりも、「主観的事実」。この「思う」(感じる/気がする)は、実は書かれていい長最終連にも存在する。
私はみどりになる「と思う/と感じる/気がする」。しかし、杉は最終連には、それを書かない。そのため、最終連の印象が非常に「さっぱり」する。作者が「みどりになる」のだが、読んでいる読者が「私」になって「みどりになる」と錯覚する。
静かな「飛躍」がここにある。そして、それをつくっているのが「思う/感じる/気がする」の省略である。
*
森のアトリエ 池田清子
思い切って
一人旅をしてみようか
大丈夫
ロシナンテと一緒だから
山道を折れて折れて
細い道を進むと
緑の中に
しんと立つホテル
巨大な天体望遠鏡
小さなプラネタリウム
木星がくっきり見える
解説が熱い
ヴァイオリンとピアノの生演奏
食事中 記念の写真を撮ってくれる
浴衣姿で二人とも微笑んでいた
ホテルの名は
勝手に「星の美術館」
宇宙の定規も二人で選んだ
ロシナンテ
やっぱり 思い出のつまってない所に行こうか
ドン・キホーテは
父と 痩せ方がよく似ている
モモンガは飛び去って行った
「宇宙の定規も二人で選んだ」が印象的。「ロシナンテ」「ドン・キホーテ」は、比喩。それが「宇宙の定規」の比喩と響きあう。素敵な詩。「森のアトリエ」に対する思いを描いたのだと思って読んだ。
「食事中 記念の写真を撮ってくれる/浴衣姿で二人とも微笑んでいた」という二行は、これまでの池田の詩の世界につうじるが(思い出を正確に書いていると思うが)、受講生が感想のなかで指摘したが、ロシナンテ、ドン・キホーテなど、池田の具体的な生活(体験)そのものではないことば(受講生が「比喩」と呼んだのは、そのためだと思う)が登場し、世界を動かしていることである。「現実」をそれに対応することばで書くのではなく、「ことば」をつかって「現実」を耕して、「現実」を豊かにしていくという動きがここにある。
「宇宙の定規」を「ことば」でつくりだすとき、「現実」は違った風に見えてくるはずである。見えなかったものが見える。それは、たとえば「モモンガ」かもしれない。この「モモンガ」はほんものか、作者があらわそうとした何か別のものか、ということは読者が考えればいいことである。それが作者の「意図」と合致しているかどうかは、問題ではない。学校のテストの「答え」ではないのだから、それはどれだけ違っていてもいい。何かを「ことば」に誘われて、感じ、考えれば、それでいいのだと私は思う。
*
フジツボ 青柳俊哉
鏡のなかの安息日
種を撒き 藻を刈ることさえ
罪と思うとき
非・エデンの方へ
高い枝へのぼり
生まれたばかりの蛙
空の水面へ 宇宙的な琵音をはなつ
樫の木と磐 ヴィーナスの閑さで
潮の気圏にまう うしなわれる
もののない 原子の時間の方へ
鏡がとじて 水のうえの
フジツボにふれるとき
「鏡のなかの安息日」はイメージが大きくて考え込んだ。「鏡のなかの安息日」からはじまり、「うしなわれる/もののない 原子の時間の方へ」へ動いていくが、それと「フジツボ」との関係がわからない。「罪と思うとき」の「罪」にぐっときた。「宇宙的」ということばが出てくるが、人間のレベルを超えた何かを感じる。
私は「非・エデンの方へ」の「非」ということばに注目した。池田が「現実」を書くのだとしたら、青柳は最初から「現実(具体)」ではなく「非具体(現実)=抽象」を書く。そして、その「抽象」ははっきりと確立された存在ではない。「……とき」「……の方へ」ということばが象徴的だが、ある瞬間(とき)に見える「方(ベクトル)」へ動いていく。「ことば」はどこへたどりつくかわからない。
池田の「ももんが」がそうであるように、「フジツボ」も、どういう必然があって出てきたのかは、作者にもわからない。それは、どこかからか、やってくるものなのだ。杉が、二連目は「ひらめいた」と言ったが、そんなふうにやってくることばがある。木谷の「零れる」や「囀り」も。「ことば」が先に何かを見つけ、それを作者が「追認する」。
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