杉本真維子『皆神山』(2)(思潮社、2023年04月15日発行)
杉本真維子『皆神山』のつづき。
「かいこ伝説」の一連目がおもしろい。
ぼしゃり、ぶしゃり、さり、(いまは食べることで)
ぼしゃり、ぶしゃり、さりり、(いそがしくて)
ぶま、いぞ、ぶま、びぞ、うま、いぞ、
(ああ、うんまい、うんまい)
ちょっと、あっちへ行ってくれない?
蚕が桑の葉を食べる音は、恐ろしいくらいにうるさい。(蚕が葉っぱを食べているところは何度か見たことがある。昔は、私のふるさとでも蚕を飼っている家があった。)沈黙がうるさい。必死に食べているので、話している暇がない。そういう静けさ(うるささ)である。「しゃり」とか「さりり」とかは、そういう音を思い出させる。
私は耳が悪いので、こういう、ことばではない音を聞き取ることが苦手だ。だから、ことばとして定着していない音を聞き取るの耳を持った人には感心してしまう。
杉本は、そこからさらに発展させている。
「しゃり」「さりり」のほかに雑音(?)を組み合わせて「ぼしゃり」「ぶしゃり」を産み出し、そこから「ば行」「ま行」へ移行し、「ま」から「う」に戻る。昔の人が「馬」「梅」を「むま」「むめ」と書いたのの、逆である。で、「うんまい」になる。
さらに。
そこでおわるのではなくて、それを「意味」に変えてしまう。食べるのに忙しいんだから、「ちょっと、あっちへ行ってくれない?」。これは、西脇の「旅人帰へず」の「かけすが鳴いてやかましい」(正しい?)に似ているなあ。
詩は、まだ、つづくのだけれど、一連目だけで、私は「満足」する。
私は「意味」とか「内容」とかには、あまり関心がない。いや、ぜんぜん、関心がない。杉本は、私がおもしろいと思っていること以外のことを書きたいのかもしれないが、それは杉本の「意味」(人生)であって、私とは関係がないから、そういうことは考えないのである。
そんな読み方でいいのか、と言われそうだが、私は、そういう読み方をしたい。
「人形のなかみ」という詩も、私はとても好きだ。
それ以上話したら憑く
狸寝入りの耳に、一滴、
祖母が大事にしていた
浅黒い肌の人形がすわる。
突然の「それ以上」がこわい。わからないから、こわいのだが、こわいことさえわかれば、それ以上知りたくはない。ほんとうにこわくなるから。
「一滴、」というのは、なにかなあ。恨みの一滴か。血とか涙とか、言い直してしまうと、こわくなってくなってしまう。あえて言えば、声(音)の一滴。「恨み」なのだけれど、ことばになるまえの「喉の音」。
こういう「音」というのは、「意味」を越えて、とらえきれない「もの」として、世界に生きている。それは、もちろん、なくてもいい。いいかえると、それが「ある」としても、それを存在として「数える」ことはできない。数えることができないものとして「ある」ということである。
その数えることのできないものは、後半、こんなふうに書かれる。
祖母が死んだとき
人形のなかみから
小石ほどの骨を取り出して
柩にこっそり入れておいた、と
おばがウインクして言った。
手柄よ、とも言っていた。
だれの骨、とは聞かなかった。
その人形を囲んで、
祖父も、父も、母も、姉も、
みんないた
一人も足りなくはなかった。
数えることができないから、「足りない」は生まれない。そうして、このとき「足りない」ではなく、ほんとうは「一人余っている」が生まれているのだが、それも数えることができないものだから、余っているとも言えない。
いいなあ、この詩。
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