詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(12)

2023-05-24 16:25:51 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(12)

  「市」はタイトルに鉤括弧がついている。まち、とルビが振ってある。ここではなく、よその土地へゆく。

「別の海がいい」「いつか、おれは行くんだ」と。

 そう男が言っている。このことばのなかの「別の海」が強烈だ。「海」はつながっている。もちろん大地もつながっているが。しかし、そのつながっている海、ひとつの海が、やはり別の場所では違って見える、という以上の意味がある。
 「街」の違いは「ひと」の違いである。でも、「海」は「ひと」抜きで違う。「別の海がいい」というとき、そこには「ひと」はいない。「ひと」を振り切りたい、というこころがここに動いている。
 もちろん「ひと」とは、ひとが呼び寄せるものだから、どこへ行っても「ひと」にであう。自分に出会う。だから「別の海がいい」というときは、自分を「別の自分」にしたいという意味が含まれている。その「孤独」の声がいい。「別の海」、ひとに汚れていない海。この、きっぱりした音。

 

 

 

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「死」について

2023-05-24 09:07:00 | 考える日記

 見知らぬ人からメールが届く。ふと気になってメールを開く。友人の友人と名乗る人からのメールで「友人は3年前に死んだ」と言う。突然メールが途絶えた理由は、それだったのか。
 私自身の年齢とも関係するのだろうけれど、近年、訃報に接する機会が増えた。友人、友人の家族、あるいは愛犬。

 死は、ほんとうに不思議だ。私は、「一元論者」である。ただし、「一元論」の定義は、ふつうに言われているものとは違うかもしれない。私は、私の意識が及んだところまでが世界であると考えている。私の意識が「世界」という「一元論」。そういう私にとって、死とは何か。
 「世界」が突然、そこで終わるのだ。
 ある人と一緒に見ていた世界から、その人が消えると、その向こう側がなくる。父が死んだとき、はっきり、それを感じた。「世界」の見え方がぱっと変わった。父が隠していたもの、父だけが知っているかもしれないことが存在しなくなり、目の前に突然「壁」ができた感じなのである。
 私の家の前の道から、碁石が峰という山が見える。いちばん高い山だ。父が死んだあと、姉が「父が死ぬ前、碁石が峰を見ていた」と言った。父が立っていただろう道から碁石が峰を見てみた。巨大な大きさで山が迫ってきて、そのあとぱっと消えた。元の位置にある。だが、その山の向こうに何があるか、それが一瞬、思い描けなくなったのである。山の向こうには、何もない。碁石が峰が世界の果だ、という感じ。もちろん、私はその向こうに何があるか知っているし、その向こう側を歩いたこともある。向こう側の海まで泳ぎに行ったこともある。それなのに、あの瞬間、それはすべて消えた。そのあとにあらわれてのは、父が見ていた碁石が峰と父が知っていた碁石が峰ではなく、私が別の人といっしょに(たとえば友だちといっしょに)知っている「別の世界」なのだ。ひとつの「世界=父の世界」は存在しなくなったのだ。

 この衝撃は大きい。ある詩人が死んだとき、私は、私の書いてきた詩が消えてしまったと感じた。ある翻訳家が死んだとき、やはり、そのことばの世界が消えてしまったと感じた。この「消えた」は、ほんとうは正しくない。「動かなくなった」と言い直せばいいだろう。
 しかし、まだ「ことば」が残されているときは、いい。
 「ことば」を読み返すとき、何かが動く。動き始める。まだ、いっしょに歩き始めることができる。まだ「世界」を広げていくことができる。
 それを頼りに、私はまた動き始める。つまり「世界」を少しずつ広げることができる。

 とはいうものの、「ことば」があれば、それでいいというものでもない。三島由紀夫が死んだとき、私はやりは「三島の世界が動かなくなった」と感じたが、それをもう一度動かして、私が見ることができな何か(三島だけが知っている何か)を見てみたいという気持ちは起きなかった。三島の死後、何冊か本を読んだが、やはり、その「世界」は動かなかった。そこに存在するが、それは存在とは言えないような何かだった。

 なぜ、こんなことを書いているのだろうか。書く気になったのか。よくわからない。友人の死を知ったことがきっかけであるには違いないのだが。死が近いのかなあ、死の準備をして始めているのかなあ、と感じる。
 私には何か「離人症」のようなものがある。(「離人症」を誤解しているかもしれない。)「死んだかもしれない体験」を私は二度している。一度は15メートルほどの高さから、下の田んぼに落ちたとき。落ちながら、このままでは頭をぶつける。体を回転させれば尻から落ちる。田んぼだから、やわらかくて助かるかもしれない。小学5年のときだ。そして、実際にそのとおりにして、私はケガをしなかった。もう一度は、中学1年のとき。雨の日、傘を差して自転車で学校へ向かった。風が吹いてきた。あおられて5メートルほど下の川に転落した。私は泳げない。(病弱だったので、泳ぐことは禁じられていた。)川は増水している。どうするか。川底に着いたら、川底を蹴ればいい。そうすれば浮き上がるだろう。そして、実際にそうした。その結果、助かった。後ろを走っていた上級生が、大慌てで近くの家に「(私が)川に落ちた」と知らせに言った。だから、人もやってきた。私は、そのときの自分の動きを、まるで「映画」でも見ているように、「外」から見ていた。
 最近、いろいろな訃報を聞くためだと思うが、「死ぬまであと〇年あるなあ、その間に、この本とこの本は読むことができるなあ」と思い、実際に、読み始めている。まるで崖から落ちたとき、増水した川に落ちたときのように。今度は、はたして助かるのかどうかわからない。「こうすれば助かる」ではなくて、「ここまでは読める(だろう)」という「予感」だけだから。

 

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