金子敦『金子敦句集』(現代俳句文庫88)(ふらんす堂、2023年04月21日発行)
金子敦『金子敦句集』に収録されている『音符』『シーグラス』については書いた記憶がある。読んだことはあるかもしれないが、たぶん,書いたことのない初期(?)の作品の印象を書くことにする。
ものの芽や絆創膏の跡真白
書棚より栞紐垂れ花ぐもり
梨に刺す楊枝の先のしぶきかな
重箱の蓋裏くもる冬紅葉
小さなものに視線を向けている。小さなものの発見が、詩の発見、ということになる。ちょっとおもしろいのは、句のなかにかならず「濁音」が含まれることである。その濁音が、何か、印象を強くしている。
「絆創膏」の句は、しかし、私は「真白」の音が何かなじめない。「まっしろ」ではなく「ましろ」と読ませるのだと思うが、どう読んでみても、あのふやけたような白とは違う感じがする。
どこか、ことばのリズムにひっかかる。音よりも「イメージ」が優先している感じだ。そうしたなかにあっては「重箱」の句は、とても落ち着いている。「くもる」という静かな音が句を支えているのかもしれない。
私は、こうしたちょっと「古典的」な句よりも、若々しい句が好き。高校生が書いたのかなあ、と感じさせる句が好き。たとえば
明日逢ふ噴水のまへ通りけり
もう来ないかもマフラーを巻き直す
濁音がないかわりに、一句のなかに同じ音が繰り返し出てくる。それが不思議に句を立体的にしていると思う。俳句の理想の形(?)として「遠心求心」ということばがあるが、なんというか、それはちょっと窮屈。凝縮感が、いまの時代には、厳しい感じになるのかもしれない。(そう感じるのは、私だけかもしれないが。)金子の、この二つの句は、「遠心求心」の結合というよりも、解放されて広がっていくときの立体感が強い。反復される音のあいだの「距離」が「遠心求心」をつくりだしている感じがする。
林檎むく寝癖の髪をそのままに
石鹸に残る砂粒海の家
こういう句は、「わざと」美しくないものに目を向け、世界を活性化させる手法。芭蕉の「のみしらみ」みたいな、「俗」がもっている真実の強さが効果的で楽しい。
歩道橋に砂の溜まれる海開き
この句は、しかし、「俗」ねらいの作為がない。いいなあ。
夕焼けの中へボールを取りにゆく
ぶらんこの向こうの海の暮れてをり
紙雛にクレヨンの香の残りけり
私は、ふと、あ、私も昔は俳句を書いていたなあ、とちょっと思い出した。私は、「自由律」の句。季語も気にしない。こんな感じ。
合歓の故郷折れたクレパスを拾いにゆく
夕焼けの貨車が駆け抜け海がある
あした天気になあれ靴の中に夕暮れ
金子の句とは関係ないが、個人的な思い出として書いておく。金子の句には、私も昔は句を書いていたなあ、ということを思い出させてくれる、なんとはなしの「なつかしさ」のようなものがある。
水たまり飛び越えバレンタインデー
初蝶がト音記号を乗せてくる
白息のはみ出してゐるかくれんぼ
のような句を読んでも、なにか、なつかしい。新しい驚きというよりも。
それはもう大きな栗のモンブラン
になると、そうか、と思う。私は、モンブランとは縁のない暮らしだったなあと、思ったりするのだ。たしかにこれはモンブランの栗の大きさが話題になる「現代」の句なのだ。庶民的(?)な食べ物では、これが、いい。
湯豆腐に湯加減をちと訊いてみる
「笑い」はけっして古びない、ということか。
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