詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

深町秋乃『柔らかい水面』

2023-06-23 17:19:53 | 詩集

 

 

深町秋乃『柔らかい水面』(土曜美術社出版販売、2023年05月10日発行)

 深町秋乃『柔らかい水面』を読みながら、私は、非常に不思議な気持ちになる。過去に引き戻された気持ちになる。
 詩集の最後に「デッサン」という詩がある。そして、その最後の数行は、こうなっている。

不自由な表象が
やがて、輪廻の果てに
焼き付いたら
曖昧な境界線は失われ
ようやく溶け込む
世界の、投影

 「輪廻」ということばを私がはじめて読んだのは高校のときだった。池井昌樹が何という詩か忘れたが「輪廻」ということばをつかっていた。いまの池井と違い、じめじめ、ぐちゃぐちゃした汚らしい世界を書いていた時代だ。黴の匂いのする詩を書いていた時代だ。なぜ、そんなことを覚えているかというと、その「輪廻」が読めなかったからだ。読めなかったけれど、そこには暗い何かがあって、私は、ぞっとしたのだ。
 で、それが深町の詩とどういう関係があるかというと。
 意味、イメージではなく、その「輪廻」というこばそのものが、何か、半世紀以上も前の世界へと私を連れて行ってしまうということが、関係がある。ことばが、みんな、古いのだ。遠い昔に読んだ(聞いた)ことばとして、私の前にあらわれてくる。そこに書かれていることばをはじめて読んだのはいつか、と記憶をたどると70年代にたどりついてしまう。
 「デッサン」という詩にある「新しさ」、あるいは「いま」は、何?
 「やがて、輪廻の果てに」「世界の、投影」という行にある読点(、)か。たしかに、そういう読点のつかい方は、私は半世紀前には知らなかった。でも、この読点の存在から「いま」を語るのは、私には難しい。

 ことばが古い。それは「落ち着いている」ということでもある。こういう落ち着き方が、「いま」から見ると「新しい」のかどうか、私にはよくわからない。私には、「古い」としか感じられない。
 「春」の書き出しは、こうである。

習いたての言葉を閉じ込めた
わたしの幼い真空管を割ったら
たちまち夜に座礁する
無数の文字たちが

 「真空管」を知っているひとは、いまは、何人いるだろうか。いまの若者は真空管を見たことがあるだろうか。
 この詩集ではなく、この一連が一枚の紙に印刷されていたのだとしたら、私はこのことばを半世紀以上前の詩だと思ったに違いない。「幼い真空管」の「幼い」のつかい方。「座礁」「無数の」「文字たち」は70年代の詩に散らばっていると思う。少なくとも、私の記憶のなかでは、それはすべて70年代の詩のなかにある。
 巻頭の詩「a calm」。

ずっと
見つめているとわたし
ただの円柱になってしまうから

 「円柱」がとても美しく、いいなあ、と思うが。しかし、同時に、私はその「円柱」に、たとえばギリシャのパンテノンの「円柱」という「ことば」を重ねてしまう。そのとき、やはり、私は「過去」を思い出すのである。「円柱」ということばが、だれそれの70年代の詩にあるかどうかはわからないが。もしかすると、もっと古い時代(西脇の初期?)かもしれないが。
 こんなことを感じるのは、もしかすると深町の書いている「円柱」が、実際に存在する円柱というよりも、「記憶」の円柱だからかもしれない。
 どの作品も「現実」から生まれてきた詩というよりも、私には「詩の記憶」から生まれてきたもののように思える。

 

 

 


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Estoy Loco por España(番外篇370)Obra, Calo Carratalá

2023-06-23 09:46:39 | estoy loco por espana

Obra, Calo Carratalá
Noche de luna en Saint-Louis; Senegal 2023. Lápiz graso sobre cartón Kraf, 18 cm x 32 cm

 Nunca he estado en Senegal. Sin embargo, siento que conozco este paisaje nocturno.
 He escrito "paisaje nocturno", pero no es exacto.
 Siento que conozco esta "NOCHE". Aquí existe la noche misma. Existe una noche que ha continuado más allá de nuestra historia. Suena contradictorio, pero lo nuevo sólo está en el "pasado". Esta noche no es la noche de hace 10 o 1000 años, sino la noche de hace 100 millones de años, cristalizada como un diamante, que fue descubierta por Calo y existe aquí "ahora". Y ha atravesado el "ahora" y seguirá existiendo en su pureza en el futuro. Eso refresca la memoria.
 No es que yo conozca esta noche. El instinto humano que llevo dentro, el ADN que me conecta, conoce esta noche. Lo que siento es así. Creo que aquí se representa el AND de NOCHE.

 私はセネガルに行ったことはない。それなのに、私はこの夜の風景を知っていると感じてしまう。
 夜の風景と書いたが、これは正確ではない。
 私はこの「夜」を知っている、と感じてしまう。ここには、夜そのものがある。私たちの歴史を超えてつづいている夜がある。矛盾した言い方になるが、新しいものは「過去」にしかない。この夜は10年前、1000年前の夜ではなく、1億年前の前の、ダイヤモンドのように結晶した夜であり、それはCaloによって発見され、「いま」、ここに存在している。そして、それは「いま」を突き破って、これから先も純粋なまま存在し続ける。それは、記憶を新しくする。
 私がこの夜を知っているのではない。私のなかにもある人間の本能が、私とつながるDNAがこの夜を知っている。それを感じる。ここにはDNAが描かれている、と。

 

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