白井知子「裸婦像」ほか(「Jeu」創刊号、2023年06月19日発行)
白井知子の「裸婦像」。
うつむく首
まだ堅さののこる胸をつたい腰へ
その心拍だけを聴きとろうとするかのように
早春の淡い光が
そっと 押さえつけていた
これは完成した裸婦像なのか、制作途中の裸婦像なのか。一瞬考えるのだが、「制作中」ということばのある二連目を挟んで、三連目は、こうつづく。
彫塑家のあなたの
深淵から指先 手の動きに求められ とどこうとした像
これまで 触れることのない
呼びさまされた生命力の
源泉が ふさわしい形をえて立っている
量感を濾し
ずっと 独り
そこにいたような在りかたで
「手の動きに求められ とどこうとした像」。このことばが強く、美しい。粘土が(と、仮定しておく)、彫塑家の指、手を感じ、粘土の方で動き始める。彫塑家ひとりではつくることができないものが、こうやって生まれてくる。「芸術」の誕生の不思議な一瞬をとらえている。
「呼びさまされた生命力の/源泉」は彫塑家がつくったものというよりも、粘土のなかに生きていた女が彫塑家のために自らさらけだしたものである。彫塑家をさそっている。裸婦の、女の、「自信」のようなもの、「誇り」と言えばいいのかもしれない、それが、「在りかた」として、そこに存在している。
いいなあ、と私は、思わず声を漏らす。
そして、その詩のつづきのようにして、もう一篇「二月の雪」という作品がある。
雪が降りしきる
病院の廊下
独り言をささめいている女
しんとした静けさに あなたは象られ
気息は悲しみを蒐めていた
「わたしが産んだ赤ちゃん
死んでいたなんて嘘よ」
この女が、突然、前に読んだ詩の裸婦像のモデルになってしまう。この悲しむ女のために、彫塑家は像をつくっているのかもしれない。この悲しみをのりこえるために、女は裸婦像になっているのかもしれない。
もちろん、そんなことは、どこにも書いていない。
私が「誤読」しているだけである。
「誤読」しながら思うのである。
ことばとは、(あるいは詩とは)、「過去」を新しくするのである。いままでなかったものをつくりだすのではなく、すでにあったけれど、違った意味だったものを「つくりかえる」のが詩なのである。
赤ん坊を死産した女。彼女は、これから、どう生きるか。それは「二月の雪」に白井の祈りの形で書かれているけれど、それは、とおりいっぺんの祈りを超えて、何か、「生命力の源泉」を掘り起こすものかもしれない、と私は想像するのである。
そうあってほしいと、私は思う。
私の「祈り」は残酷かもしれない。死産した女に、そういう願いを託すのは残酷かもしれない。
しかし、「裸婦像」の三連目、
深淵から指先 手の動きに求められ とどこうとした像
これまで 触れることのない
呼びさまされた生命力の
源泉が ふさわしい形をえて立っている
を読むと、そこには、何か、ゆるぎない女の「生き方」(あり方)が提示されているとしか思えない。
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