枚挙 リッツォス(中井久夫訳)
街路で立ち止まってながめている人々。
扉の上の番地の意味のない表示。
釘を細長い卓子に打ち込んでいる大工。
誰かが電信柱に名前のリストを貼りつけた。
新聞紙が茨に掛かってかさこそ音を立てる。
葡萄の葉の下にいる蜘蛛。
女が一人、家から出て別の家に入った。
黄色い壁。濡れている。塗料が反り返って剥げかけてる。
カナリアの籠が死んだ男の窓に吊るされる。
*
街の描写。何かが欠けている、という印象がある。ひっそりとしている。欠けている何かになることを、すべてのひとが恐れているような、はりつめた厳しさがある。「新聞紙が茨に掛かってかさこそ音を立てる。」のも、風のせいではなく、そのはりつめた厳しさのせいである、という感じがする。ふつうは聞こえないのに、みんなが耳を澄ましているから聞こえてしまう音--という感じである。
この1行が描く動きも、非常に緊張している。ほかの動きはいっさいなく、ただ家から家へすばやく動いて行って、扉はしっかり閉ざされている。まるで壁のように。そして、そういう印象のあとに、実際の壁が描かれる。
いくつものものが描かれているのに、視線が自然に動くのは、いま指摘した「扉」(扉ということばは出てこないが)から「壁」への移動のように、その移動が不自然ではないからだ。移動に脈絡があるからだ。
そして最後に、この静かな緊張が「死んだ男」に起因するらしいことがそっと語られる。
街路で立ち止まってながめている人々。
扉の上の番地の意味のない表示。
釘を細長い卓子に打ち込んでいる大工。
誰かが電信柱に名前のリストを貼りつけた。
新聞紙が茨に掛かってかさこそ音を立てる。
葡萄の葉の下にいる蜘蛛。
女が一人、家から出て別の家に入った。
黄色い壁。濡れている。塗料が反り返って剥げかけてる。
カナリアの籠が死んだ男の窓に吊るされる。
*
街の描写。何かが欠けている、という印象がある。ひっそりとしている。欠けている何かになることを、すべてのひとが恐れているような、はりつめた厳しさがある。「新聞紙が茨に掛かってかさこそ音を立てる。」のも、風のせいではなく、そのはりつめた厳しさのせいである、という感じがする。ふつうは聞こえないのに、みんなが耳を澄ましているから聞こえてしまう音--という感じである。
女が一人、家から出て別の家に入った。
この1行が描く動きも、非常に緊張している。ほかの動きはいっさいなく、ただ家から家へすばやく動いて行って、扉はしっかり閉ざされている。まるで壁のように。そして、そういう印象のあとに、実際の壁が描かれる。
いくつものものが描かれているのに、視線が自然に動くのは、いま指摘した「扉」(扉ということばは出てこないが)から「壁」への移動のように、その移動が不自然ではないからだ。移動に脈絡があるからだ。
そして最後に、この静かな緊張が「死んだ男」に起因するらしいことがそっと語られる。