詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

リッツォス「ジェスチャー(1969-70)」より(5)中井久夫訳

2009-01-16 00:00:00 | リッツォス(中井久夫訳)
枚挙    リッツォス(中井久夫訳)

街路で立ち止まってながめている人々。
扉の上の番地の意味のない表示。
釘を細長い卓子に打ち込んでいる大工。
誰かが電信柱に名前のリストを貼りつけた。
新聞紙が茨に掛かってかさこそ音を立てる。
葡萄の葉の下にいる蜘蛛。
女が一人、家から出て別の家に入った。
黄色い壁。濡れている。塗料が反り返って剥げかけてる。
カナリアの籠が死んだ男の窓に吊るされる。



 街の描写。何かが欠けている、という印象がある。ひっそりとしている。欠けている何かになることを、すべてのひとが恐れているような、はりつめた厳しさがある。「新聞紙が茨に掛かってかさこそ音を立てる。」のも、風のせいではなく、そのはりつめた厳しさのせいである、という感じがする。ふつうは聞こえないのに、みんなが耳を澄ましているから聞こえてしまう音--という感じである。

女が一人、家から出て別の家に入った。

 この1行が描く動きも、非常に緊張している。ほかの動きはいっさいなく、ただ家から家へすばやく動いて行って、扉はしっかり閉ざされている。まるで壁のように。そして、そういう印象のあとに、実際の壁が描かれる。
 いくつものものが描かれているのに、視線が自然に動くのは、いま指摘した「扉」(扉ということばは出てこないが)から「壁」への移動のように、その移動が不自然ではないからだ。移動に脈絡があるからだ。

 そして最後に、この静かな緊張が「死んだ男」に起因するらしいことがそっと語られる。

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